アジア・ジャパン沖縄オープン 2003

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これでようやく1ランクアップ

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少しずつ、着実に。小さなバイキング・藤田寛之、充実の2002年シーズン

サスペンデッドで暫定首位に立った前日予選第2ラウンドの夜。
落ち着かない気持ちで藤田は、芹澤の電話番号を押していた。
こんな日は、いつもそうだが、師匠の声を聞くだけで、「何か、守られているような気持ちになる」と藤田はいう。

『明日は、どういうふうにプレーをしたらいいですか?』(藤田)
『どういうふうって、急にそんなこと言われてもわからないけど(笑)、いつものように、プレーしたらいいんじゃないのかなあ?』(芹澤)
『でも、なんか不安で…』(藤田)
『この2日間、良いスコアで来ているんだから、大丈夫。最後は、今年のゴルフをぶつけるつもりで、自分を信じて頑張ればいいから…』(芹澤)

特にこれといったこともない、何気ない会話でも、交わすうちに不思議と心は静まり、勇気が湧いた。

写真上=昨年のサンクロレラクラシック優勝時、一度は将来を考え、引退を決めたキャディの梅原敦さんと、記念のカップ写真。
「カメラマンのみなさん、梅ちゃんばっかり撮らないで、僕もちゃんと撮ってね」と笑わせた。

写真下=梅原さんは、昨年に続き、自身2個目の18番グリーンの記念フラッグを外している真っ最中。
藤田の性格に惚れ込んでいる梅原さんは、「やっぱり藤田さんとともにコースを歩きたい」と、今も専属キャディとして活躍中で、コンビネーションは抜群だ。 芹澤は、「この世で一番の僕の理解者」(藤田)。
その人が、大丈夫といってくれたことで、その夜は安心して、眠りにつくことができ、穏やかな気持ちで、最終日の朝を迎えるることができたのだった。

この優勝で、師匠の言葉は、ますます絶対的となった。
芹澤のスイングのアドバイスを信じて、これまで取り組んできたことが、“ツアー3勝”という実際の形となり、「ようやく、これで1ランクアップできた、という気持ちにもなれましたね…」と、しみじみと話した。

今年は、6月のメジャー『全米オープン』に、マンデートーナメントから挑み、本戦突破とはいかなかったものの、「雰囲気を嗅ぎにいけただけでも成長。またぜひ挑戦したい」と、積極的だ。
「勝てば勝つだけ、プレッシャーも増えるけど、怖がらず、いろんな場所に出ていって、自分なりに少しずつ、着実に成長していきたいから…」

アジアNO.1タイトルから、世界の舞台へ?。
168センチの身体にでっかい夢を乗せ、小さなバイキング“ビッケ”が、大海原に旅立とうとしている。

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