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バンテリン東海クラシック 2026

祖父の征男さんが語る桂川有人の頑固な一面「大したもんです」

桂川有人(かつらがわ・ゆうと)の祖父、征男さんは、劇的Vシーンを見届けるとすぐ、82歳とは思えない健脚で、クラブハウス2階のスコア提出所に向かう孫の背中を追った。


まずはがっちり握手。
祝福の言葉を伝えたあと、「有人、ここにサインしてくれ」と、急いで持って来たのは地元ファンの方々が作ってくださった応援の横断幕。

「町内会のみなさんに渡さんといかん」。
桂川は、征男さんのせっかちに苦笑しながら、ペンを走らせていた。

2022年の初優勝(「ISPS HANDA 欧州・日本、とりあえず今年は日本トーナメント!」=茨城県)も、2024年の2勝目(「ISPS HANDA 欧州・日本どっちが勝つかトーナメント!」=静岡県)も遠方で駆け付けられず。

今回、地元愛知のホスト試合で達成した欧州⇒日本ツアーでの2週連続Vが、征男さんにとっては初めて生で見られた孫のVシーン。
「いや、あのラインは3パットもあり得ます。私が100回打っても入らない。それを入れるなんて、まあ大したもんです」。
13メートルものウィニングパットを称えた。




娘さんの亜紀さんを助ける気持ちで、4歳からクラブを持たせた。
「子守りで始めたやつですからね」。
それがあれよと上達し、小学6年の文集には、プロゴルファーになりたいと記していた孫。

「普通の社会人になったほうが」と、征男さんがアドバイスをしたこともあったそうだが決意は揺るがず、中学を卒業して、すぐフィリピンでのゴルフ留学に旅立った。

性格や人柄は、周囲の人も見るまんま。
「本当にいい子」と、征男さんも認める一方で「自分は自分。絶対に人の意見に惑わされないところがある」と、家族だけが知る頑固な一面を明かした。
「それがいまでは世界でも通用する選手になった。立派になった」と、征男さんにも孫の活躍が誇らしい。

普段から、口数が多いほうではなく、海外を転戦するようになってからは、余計にじっくり話し合える機会は減ったが、孫の活動は、報道やインターネット放送を駆使してくまなくチェック。


時差による深夜帯の放送では、見逃し配信も活用して情報を収集し、「ヨーロッパでパターコーチに教えていただけるようになったのだよかったんじゃないか」と、好調の要因を嬉しそうに推察する。

「海外でやるようになって、忍耐力もできてきた。まだまだ頑張ってくれると思う」と征男さん。

桂川は「お父さん代わりに僕を育ててくれて、ゴルフを始めるきっかけもおじいちゃんですし、プロになると覚悟してフィリピンに行くときも、見送ってくれた。感謝しています」と、Vスピーチや会見を通じて、征男さんへの思いを伝えた。
現地で聞いた孫からの感謝の言葉に、征男さんの喜びもひとしおだった。


娘の亜紀さんと、孫の表彰式を見守りました


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