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ANAオープンゴルフトーナメント 2026
恩人も本人も泣いた、お父さんも安堵した「ないとぉ~!ひろたろう」がプロ21年目の初V
本人も、恩人も泣いた。44歳の内藤寛太郎(ないとう・ひろたろう)がプロ21年目の悲願を達成した。
4打差の単独トップで出て、5打差の圧勝。

通算25アンダーは、大会7勝のジャンボ尾崎さんと、岩﨑亜久竜(いわさき・あぐり)が記録した最多アンダーを5打も更新した。
2番でピンを直撃するピンそばバーディ。4番では3メートルを決め、5番ではチップイン。
8月に投入したゼロトルクパターにも物言わせて、着々と逃げ切り態勢を築いた。
15番からの3連続バーディも圧巻だった。
3日目に、ギックリ腰を発症したとは思えないほど盤石の6アンダー「66」で、自身の連続60台記録も未踏の8ラウンド目に突入した。
なぜ21年も要したか、と聞きたくなるほど今週の内藤はほんとうに強かった。
5打の大差をつけて入った18番で、恩人の大声がした。
「ないとぉ~~~~~!」と、絶叫したのは、シルバーウィークで満席のANA便で駆け付けてくださった所属先ロピアの高木勇輔・前社長。
「すごく緊張してたんですけど、高木さんがすごく盛り上げてくださったので、笑っちゃって。リラックスできました」と、感謝した。
今では10数人がひしめくが、内藤は同社契約第一号だ。
「こんなにまじめで素直なプロはいない」と高木さんに見初められ、コロナ禍の2021年からお世話になる。
20-21年シーズンに“契約記念”の初シードを手にした。
だが、たった1年で陥落。
2024年のチャレンジトーナメント(ACNツアー)「ジャパンクリエイトチャレンジ」で11年ぶりの3勝目をあげ、復活の大チャンスを迎えたのに、賞金1位で入ったシーズン最終戦「ディライトワークスJGTOファイナル」で、わずか2万6869円差の逆転負けを喫して2位で年間シードをふいにしている。
「辛い時も支えていただいた」と、声が震えた。
「長かった…。いろいろあって苦しかった」と、涙がこぼれた。
「諦めずに頑張ってきてよかった」と、涙を拭いた。
「僕も泣きそうです」と、高木さん。
「内藤くんは、僕の1歳下で実の弟が優勝したみたいなもの。来年もまた試合に出られるかどうかだったので、心配していた。しっかりシードが獲れてほっとしました」と、恩人も感極まった。
福島県勢のツアー初V者となった。
地元郡山市から函館経由で駆け付けた、20余人の大応援団も歓喜した。
「寛太郎」の名前はお祖父さんがつけてくれたが、それを「ひろたろう」と、読むことにしたのは、お父さんの寛さんだ。
お祖父さんは最初、「“かんたろう”にしよう」と、言ったそうだが寛さんが「勘弁してよ」と、猛反対して事なき(?)を得たという。
最初はサッカーに夢中だったが、ケガで断念した内藤に、ゴルフを勧めてくれたのも寛さんだった。
「社会人になってもね、ゴルフなら何か仕事の役に立つだろうと思って勧めたんです。けど、まさかプロになると言い出すとは」。
案の定、2006年の転向後も気をもむばかり。
「なんといってもね、QTですよ。あれは、私も辛かった。あれにもう息子が行かなくて済むんだと思うと、私はただただそれが嬉しくって」と、大喜び。
「ちょっと…、あんまり余計なこと言わないで」と、こっそりお父さんをたしなめたが、優勝副賞のANAファーストクラスペア往復航空券の使いみちはどうしますか、と会見で聞かれて迷わず「両親に。どっか行ってきてもらいましょう」と、言って微笑む笑顔は優しかった。














