記事
Updated
日本プロゴルフ選手権大会 センコーグループカップ 2026
意外にも参考にするのは右利きの選手。細野勇策はこれからも“サ(左)道”をまい進!
93回を迎えた本大会としては、2015年のアダム・ブランド以来となる史上2人目のレフティVを達成し、長き歴史に名前を残した。
最終ホールのガッツポーズはもちろん、優勝杯も左手で掲げた。
細野勇策(ほその・ゆうさく)が、利き手のまま初めてクラブを握ったのは9歳のとき。
「本当は、野球が好きでした」。
幼い夢がかなわなかったのは、生後2か月で心臓の手術を受けたから。
小学時代の体育の授業はほとんど見学で、水泳は、お医者さんの許可書が要った。
「負担のかからないスポーツを」と考えたお父さんの誠一さんが手ほどきをしてくれたのが、最初のゴルフとの出会いだったが、左用のクラブ展開が豊富なピンゴルフさんに、高校時代からお世話になるまでレディースクラブを切ったり、海外からわざわざ取り寄せたり、お父さんはそれは苦労をされたらしい。
「練習場もいつも端っこ」。
幼い夢がかなわなかったのは、生後2か月で心臓の手術を受けたから。
小学時代の体育の授業はほとんど見学で、水泳は、お医者さんの許可書が要った。
「負担のかからないスポーツを」と考えたお父さんの誠一さんが手ほどきをしてくれたのが、最初のゴルフとの出会いだったが、左用のクラブ展開が豊富なピンゴルフさんに、高校時代からお世話になるまでレディースクラブを切ったり、海外からわざわざ取り寄せたり、お父さんはそれは苦労をされたらしい。
「練習場もいつも端っこ」。
プロになってもそれは変わらず、23歳にはまだほとんどが自分より先輩という現状もあり、会場でも他の選手を気遣い、できるだけ隅の打席で打つようにしている。
「誰も気にせず打てるから」と、期間中でもあえて外の練習場に出かけることも多いそうだが、それはそれで打席数が少なかったりと、そんなレフティ事情が、逆に細野を燃え立たせる理由でもある。
「自分が活躍することで、練習場の打席が一つでも増えたり、環境がよくなってくれればいいな」と思いながら戦っている。
スイングのお手本にするのは、意外にもPGAツアーのキャメロン・ヤングなど、普通に右利きの選手だそうだ。
むしろ「左利きの選手をまだ参考にしたことがない。たぶん、反転して見るようになっているんだと思う」というから興味深い。
優勝会見では、ご自身も左打ちという記者さんからの質問もあったが、ツアーメンバーでも左打ちは細野のほかは、QT61位の笠原瑛(かさはら・あきら)の2人だけだったり、日本ではまだまだ、少数派のレフティ“希望の星”。
「毎試合でレフティ頑張れ、と声をかけてもらって。左打ちを背負って、じゃないですけれど。戦っていけるのは心強い。日本のレフティの皆さんにも応援してもらえるような存在になりたいな」という細野。
これからも“サ(左)道”をまい進する。
スイングのお手本にするのは、意外にもPGAツアーのキャメロン・ヤングなど、普通に右利きの選手だそうだ。
むしろ「左利きの選手をまだ参考にしたことがない。たぶん、反転して見るようになっているんだと思う」というから興味深い。
優勝会見では、ご自身も左打ちという記者さんからの質問もあったが、ツアーメンバーでも左打ちは細野のほかは、QT61位の笠原瑛(かさはら・あきら)の2人だけだったり、日本ではまだまだ、少数派のレフティ“希望の星”。
「毎試合でレフティ頑張れ、と声をかけてもらって。左打ちを背負って、じゃないですけれど。戦っていけるのは心強い。日本のレフティの皆さんにも応援してもらえるような存在になりたいな」という細野。
これからも“サ(左)道”をまい進する。












