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東建ホームメイトカップ 2026
大会前から大奔走。選手会長・阿久津未来也の挑戦
2月5日の臨時総会で、新しく選手会長に就任した阿久津未来也(あくつ・みきや)は、ジャパンゴルフツアーの国内開幕までに、すでに2つの大きな公式行事をこなしている。
初仕事、と呼んでいいのは、故・ジャンボ尾崎さんのお別れの会に、発起人のひとりとして参列したこと。
日本プロゴルフ協会と、JGTOと、選手会の合同で開かれた式典で、弔辞を読む発起人代表の青木功の後ろに立ちジャンボさんを追悼。
献花のあと、青木らと式典会場の外で整列し、参列してくださった方々ひとりひとりに丁寧に頭を下げていた。
お別れの会にはゴルフ界にとどまらず、各方面から錚々たる面々が駆けつけたが、スポンサーさんからも“ミッキー”の愛称で親しまれている阿久津は、多くの方々から初の重責をねぎらわれていた。
2つ目の公の場は、先月末。
26日に行われた新組織「J-Tour」の発表記者会見。
選手会を代表して、挨拶をさせていただいた。
「選手会長になりまして、まだ1か月ほど。最初の会見が非常に大きなものとなりまして、緊張しております」と、初マイクで正直に打ち明け、「僕がツアーに出始めてから、これほど一新されるのは初めて。自分なりにもやりたいと思っていることがありますし、新組織で一つでも実現出来たら嬉しいな、と思います」と、賭ける思いを吐露した。
そして、今週の国内開幕戦だ。
始まる前から奔走している。
8日水曜日のプロアマ戦ではスタート前に、ジャンボさんの追悼セレモニーに参列。
冒頭、長男の智春さんに続いてマイクを握り、哀悼のティショットで先陣を切った。
1995年に生まれ、2016年にプロ転向し、初出場が実現したのが、ジャンボさんの最終出場年度となった2017年。
全盛期はもちろん、晩年のプレーを間近で見ることもなかった。
「正直、お話したこともない。テレビの向こう側の方でした。僕なんかより、親交のある先輩方もいらっしゃったのに…」と、恐縮した。
「幸い(池田)勇太さんがいてくださったので。そこはお任せしよう」と、弔辞を託した。
先月のお別れ会でもそうだが「いかに日本のゴルフ界にとって偉大な選手であったか。それこそ野球界でいえば、長嶋茂雄さんに匹敵する方」と、その存在の大きさをつくづく痛感している。
「きょうは、これからの男子ゴルフの発展を決意する場でもあるとも思っています」と、選手会を代表し、一丸で遺志を受け継ぐ決意を述べた。
その後もプロアマ戦の合間を縫って、メディアのみなさんに、選手会から地元桑名の名店「与八」のウナギ弁当を差し入れ。
前任の谷原秀人から受け継いだ開幕戦での恒例行事のひとつだ。
メディアの方にお配りする前に、実際に自分でもふたをこっそりと開いて見てみて「美味しそう…」と声を上げ、「こういったいいことはどんどん続けていきた。みなさんの力で発信していただいて、またいいニュースを届けていただけたら」と、頭を下げた。

ホールアウト後には、再度改めて囲み取材にも応じて新選手会長としての意気込みや構想を語った。
新組織「JーTour」の本格始動は来季からだが、ACNツアー選手のプレーフィーの軽減や、各大会の選手ラウンジの設置などは、もう今季からスタートを切る。
またそれとは別に、阿久津個人としても、年末に各大会の優勝者や上位者がゲストとラウンドする謝恩コンペのアイディアを温めており、「やはり僕らはスーツよりゴルフウェアを着て恩返しがしたいと思っていて。できれば12月に実現させたい」と、今から練りに練っているところ。
重責に没頭すればするほどおのずと本業に手が回らなくなるのは仕方ない。
「これも貴重な経験」と自分に言い聞かせる一方で、周囲からは「感覚を忘れないうちに次の優勝を」と、ツアー初Vを飾った昨季の「ミズノオープン」に続く勝ち星を期待されてもいる。
「もちろん、ゴルフがおろそかになってはかっこ悪い。今年は成績も出していけるように頑張りたい」と、阿久津。
「まずは早く次の2勝目を」。
二足のわらじで走り出す。












