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東建ホームメイトカップ 2016

永野が、アトムが帰ってきた!

熊本県勢の2人が、最終日を前に蘇(よみがえ)った。重永と永野が地元愛を胸に、揃って2位タイに浮上した。ホールアウト後は、揃って熊本地震のチャリティサイン会の列に加わった。

序盤こそ、伸び悩んで一時は沈んだ永野。18番で奥から10メートルもの下りのバーディトライを決めて、望みをつないだ。
強い風に見舞われた前日2日目に、74を打って6位に沈んだ重永。「気持ち的には、自分も頑張ってプレーしたい」。でも、昨年は左首と左腕を痛めて、患部に負担のかからないスイングに変えて、それがしっくり来ていない。
「時々、球が見当違いの方へ飛んで行く。気持ちと、今の調子がついて来ない」。

それでも67で、回ってこられた。2番でベタピンのバーディを奪うと、5番で右の手前から10ヤードをチップイン。後半の11番では、奥のカラーから、ほぼ直角に曲がるフックラインをねじ込むなど「ラッキーが2回も。なんかある」。不振とは言いながら、幸運にも後押しされて、首位と4打差で初Vに希望を残した。

14日夜に発生した熊本地震は、この日深夜に再び強い揺れに見舞われた。自宅のある菊陽町は、震度6を観測して夜中に電話で起こされた。「ヤバい、凄い揺れてる!」。妻・和歌子さんの悲鳴が聞こえた。屋内はあらゆるものが散乱して足の踏み場もなく、夜通しでで車中の避難を強いられた。

上は3歳と、下はまだ11ヶ月の2人の娘。家族が大好きで、何もなくともいつも一緒にいたいのに、こんな非常事態にこそ「帰りたい」。帰って家族を守りたくとも「帰れない」。県内は空港も封鎖され、あらゆる交通機関が止まったままだ。「一緒にいたい」と弱音を吐く夫。“もっこすママ”はこんな状況でも、いつものようにはピシャリと言った。
「こっちは私に任せて。それより義援金が出来るくらいに稼いできなさい」。
「・・・俺より1個下だけど、尻に敷かれてる」と、苦笑する夫。
妻にも尻を叩かれ「どうにかして、という気持ちがあった」。
震い立たせて、ティグラウンドに立った。

まんじりとした前夜も、ようやく寝付いたと思ったら、早朝には幼なじみからの電話。「テレビをつけてみろ」と永野に言われて、はね起きると信じられない光景が飛び込んできた。
黒川峡谷にかかる阿蘇大橋は、研修生時代に何度も通った道だ。跡形もなく消えていた。「あんなところが無くなるなんて、想像できなかった。衝撃だった」。
東北の地震も、どこか遠い世界のことだった。「嫁とも話した。まさか自分たちがこんなことになるなんて、と」。家族は無事だったが、被害を受けた方々のことを思うといたたまれない。まして、自分はたまたま試合で家を空けており、当分帰ることも出来そうにない。
「熊本県出身の選手としてせめてもの、という思いがある。竜太郎もそうだと思う」。
最終日こそ、2人揃ってという気持ちは強い。

そして、水やオムツの提供を申し出てくれた先輩プロの中島マサオ。家族の分のホテルを手配すると言ってくれた所属先の方々。熊本に支援物資を送ると決めた、スポンサーのみなさん。
この場を借りて、心からのお礼を言いたい。「本当にありがとうございます」。
最終日も、アトムはジェットの背中に様々なものを背負ってコースに立つ。
  • 頑張れ、アトム!

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