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中日クラウンズ 2005

尾崎健夫「光明が、見えてきた」

「最後の1年」という覚悟で戦っている。今年の、健夫の出場資格は『1973年ツアー制施行後の生涯獲得ランキング上位25位内の者』。その適用は、1回限りの1年間のみとなる。
今年も、賞金ランクによるシード権を取り戻せなければ、あとは予選会のクォリファイングトーナメントに出て、出場権を獲得しなおすしかなくなるからだ。
それだけに、「今年は勝負の年」と、決めている。

腰痛、ヒザ痛、手首痛、ヒジ痛・・・。
かつて『怪我のデパート』と呼ばれたほど、今も多くの“爆弾”を抱えたままだ。
加えて、50歳のシニア入りを迎えてから、体力の衰えをますます痛感している。

ゴルフの技は若者にまだ、引けをとらないと自負している。
だが、この日は19歳のアマチュア、諸藤将次君とラウンドして数ホールで、はるかにアウトドライブされた。
ホール間のインターバルでは、「モモが上がらず、最後は疲れきっていた」。
限界を、感じざるをえない状況の中、上がりホールでスコアを伸ばした。
15番で3メートル。16番で5メートルを決めた。
そして最後は、グリーンエッジからパターで、8ヤードをねじ込んだ。

先週、48歳で優勝した弟・直道と、「最近の速いグリーンは、40歳を超えた俺らには、ツライやな」と話し合ったばかりだった。
今週の和合も、引き続き高速グリーン。
もう、数十年前からパットのイップスに苦しんでいるだけに、「自分自身への猜疑心」をぬぐえないままの状況で、3位タイに浮上したことで、「・・・光明が、見えてきたかな」。

過去24回挑戦してきたこの大会で、インタビュールームに呼ばれるのは、「初めてだよ」という健夫。
部屋を見渡し、「こんな場所だったんだね〜」と、無邪気にはしゃぎつつ、「ファンの人たちに、『(勝つ)自信がある』とはとても言えないけれど。なんとか持ちこたえて、最終日にまたここに来たいもんだね」。
自分に言い聞かせるように話した。

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