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久光製薬KBCオーガスタ 2002

今週は、弔い合戦。「恩師に、ぜひ良い報告を…」

日大ゴルフ部監督・竹田昭夫氏の訃報に3位タイの湯原信光は…

 台風接近で、強い風が吹く中、今週、手元に届いた新しいアイアンで、「スコアを作った!」。
 約2年、契約メーカーと試行錯誤の末に、ようやく出来上がってきたクラブは、「見た目、打感、球筋…すべてにおいて、満足のいくもので、今日は久しぶりに、面白いゴルフができた」と、この日初日の4アンダーに、満面の笑みでホールアウトしてきた湯原。
 だが、その表情も、悲しい一報には、みるみる、曇っていった。
 「うそ?ほんとに…?」しばらく、その後の言葉が続かなかった。

 4年時には、湯原もキャプテンを務めた日大ゴルフ部。その名物監督・竹田昭夫(てるお)さんが、この日深夜0時23分、心不全のため、74歳で亡くなった。
 就任8年後の1973年から、大学対抗戦で25連覇の“日大黄金期”を築きあげたカリスマ。
 厳しい中にも、人情味を忘れない指導法で、湯原のほか、倉本昌弘、丸山茂樹ら、多くのトッププロも、輩出し続けた。
 監督を恐れて、歯向かう学生が少なかった中で、正面きって意見を言うことが多かった湯原は、卒業後もその交流は続き、ヘルニアを患った際も、励ましの言葉をもらうなど、「ずいぶん、可愛がってもらった」と、しみじみと、当時を振り返る。

 「ほんとうに残念です。せっかく、今日は良いスコアでも、そんな話を聞いてしまうととてもつらい…」とうつむいた湯原にとって、今週は弔い合戦。
 10年ぶりの復活優勝で、「監督に、良い報告がしたい」と前向きにとらえることで、精一杯、気を取り直していた。

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