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石川遼が義母に捧げる2連勝

重圧も、深い悲しみも乗り越えた。石川が、初日から首位を走る自身3度目の完全Vで、自身初の2試合連続Vを達成した。敬愛する”ミスター”が冠をつとめる15回の記念大会で、5年ぶりの大会2勝目。2位と4打差つける通算20アンダーは、大会タイ記録で史上初の複数回優勝も記録。賞金ランキングは先週までの6位から、2011年の9月以来8年ぶりに1位に浮上。選手会長が主役に戻ってきた。

7週ぶりに開けた男子ゴルフ。女子ゴルフがシブコさんの快挙に沸く直後の再開に、選手会長の活躍が期待された。
3日目には珍しくリーダーの葛藤と緊張を訴え、3打差の単独首位からスタートした最終日は1番ホールで「少しドタバタ」。右ラフからまたグリーンの右ラフに入れるピンチだ。「苦しい時に頼りになる」という58度のSWを握った。手前で一度軽く弾ませたボールはスルリとカップに消えた。チップインバーディ。同組のチャンと堀川のボギーでいきなり差がついた。
3番では直ドラの2打目を花道まで運び、5メートルのパットを沈めた。5番ではグリーンのエッジから、SWのアプローチがまたチップイン。一時6差に広げた。大ギャラリーから、「神がかりだ」との声が聞こえた。前半、圧巻の大量リードであとは影も踏ませぬ圧勝に「僕だけの力ではない。不思議な力が働いた」。

本当は、出場さえ危ぶまれた。会場にいる石川に、義理の母の訃報が飛び込んだのは大会初日の朝、スタート前。妻は中学の同級生で幼なじみだ。「お母さんのことも中学生から知っていて、結婚して義母になった。妹や弟もすごく世話になっていて、本当に大切な人を亡くした。ショックでした」。

1年前のがん告知から、あっという間だった。
今週の出発前にも見舞いに行って「頑張って」と送り出してくれた義母。先月の日本プロで3年ぶりの復活V時は、妻らとテレビ観戦で「遼くんが頑張っているから私も頑張る」と、笑顔で話していたという。
「とても元気で明るく楽しい人で、闘病生活もすごいつらい時を乗り越えてきた姿を見て自分も頑張らなきゃと思っていた」。

大切な人を失い選手会長として、いちプロゴルファーとして、そして石川遼という一人の人間として。今どの立場を選択すべきか。
「このまま試合に出ていいのか、と。凄く悩みました。妻にも、一番大事な時に一緒にいてあげられない」。欠場して帰るか、このままスタートするか。「たくさんの方に、期待もしてもらっている」。
迷う背中を一番に押してくれた人こそ実母を亡くしたばかりの妻だった。
「妻が試合に出るべき、と。こっちは大丈夫だから、と」。
気丈な言葉に勇気づけられ出場を決めたが「初日はまだ精神的にも動揺していた。こんな状態で、本当にゴルフができるのか」。
混乱したままいざスタートに立つと、なぜか驚くほど冷静になれた。
「今週は、お義母さんが空で見守ってくれていると思ってプレーしよう」と決めると不思議と集中できたという。

4日間を夢中で戦い4差をつけて迎えた最終ホール。ようやくゆっくりと、義母との思い出に浸る余裕ができた。
グリーンに向かって大観衆の拍手に迎えられながら、澄み渡る北海道の青空を見上げて「きっと見ていてくれる」。
そう確信して涙がにじんだ。
「自分一人の力で勝てたのではない。引き上げてくれたんだと思う。本当に感謝している」。
静かに握ったガッツポーズ。
自身初の2試合連続優勝は、義母に捧げる。

急逝にまだ通夜すら済んでおらず、次週の「RIZAP KBCオーガスタ(8月29日〜9月1日、福岡・芥屋ゴルフ倶楽部)は3戦連勝がかかるが「来週に関しても、家族と話し合って決めたい」と、今は未定のままとした。
「まずは帰って優勝報告できることが嬉しい」。
肩の重圧をいったん下ろした選手会長は、表彰式を終えると急いで故人の枕元に向かった。

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