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ダンロップフェニックストーナメント 2025

スリクソン元年から契約選手。塚田よおすけが悟りの境地でV2争い

40歳の塚田よおすけが、9年ぶりのツアー通算2勝目にむけて2打差の単独トップに立った。




この日3日目は、スタート前の設定どおりに3アンダーの「67」をマーク。
「感謝の気持ち。サンキューの“3”ね。別に幸せの“4”でもよかったけれど…」。

自分で自分を茶化しながらも、松林を切り裂くスティンガーショットは気迫満点。

「風どう?」と、隣の長(ちょう)キャディに尋ねておきながら、風も何も影響など受けえないほど松林の下を低く飛ばして「風関係ないでしょ。聞かないでよ」などと、笑顔で言い合いながら歩く余裕も。

今夏は「右も左もどっちに飛ぶかわからない。ゴルフをしていて一番怖いこと」と極度の不振に恐怖すら感じていたのがウソみたいに、この日も好調。

スタートの1番から2メートルのチャンスにつけ、5番で下りのスライスラインを決め、6番では6メートルを沈めて連続バーディ。
「攻めたら恩恵あるし、逃げたら3パットを打つ。あの“おじさん”がいいとこ切ってる」と絶妙のピン位置を称えたのは、大会名誉トーナメントアドバイザーをつとめる青木功のこと。

今朝スタート前に、1番ティに設置されたキッズ観戦エリアで、子どもたちに自身の似顔絵入りのビックリマンシールを順に配って歩いて最後、ちょうどそばに立っていた青木にも「はいあげる」と、プレゼント。

満員の観客席から笑いが起こった。
青木から、エビス顔がこぼれた。
シールをしげしげ眺めて「ようすけ~、いい顔してんなこれ」と、褒めていた。

2016年の「日本ゴルフツアー選手権 森ビルカップ Shishido Hills」で初優勝を飾り、5年シードを獲得したが、最終日を前にトップに立つのは意外にもこれが初めて。
「僕は慌ててないけど、地元は慌てているんじゃないか…」。

突然のV争いに、最終日はきゅうきょ地元紙の記者さんが取材に駆けつけると広報担当にも連絡が入っている。

一見、ぶっきらぼうだけど、40歳を迎えた今年、本名の陽亮(ようすけ)から、登録名をかわいらしく「よおすけ」に変更したのも、子どもたちに少しでも慣れ親しんでもらいたいため。
2012年に地元・長野市の練習場「72犀北ゴルフセンター」でジュニアスクールを開校。毎年、トッププロを招いて無料のレッスン会を開いており、石川遼(いしかわ・りょう)が参加してくれたことも。

「いろいろ見て、学んで、後世に伝えて。地元の子どもたちにオジサン、こんな選手と回ったんだぜ~って、伝えるのも僕らプロゴルファーの使命ですから」。
李尚熹(イ・サンヒ)と、来季PGAツアーに昇格するニール・シプリーと回る自身3度目の最終日最終組でさえ、今オフにまた予定しているジュニアレッスン会での土産話にしようと、画策する。

現在賞金ランキングは70位。
上位65人が得られる来季賞金シードは正念場で、ショットが不振を極めた夏場は「死んだ魚じゃないけれど。もがいた時期もありましたが、ヤバいヤバいヤバい…って思ったら、ほんとはヤバくないのに本当にヤバくなっていく」と、達観。

「死ぬわけじゃなし。今は何とも思っていない。なるようになれ」と、今では悟りの境地にいる。

塚田によると、主催の住友ゴム工業と総合契約を結んだのは、ちょうど同社で新ブランド「スリクソン」が誕生した1年目からだそうで、「スリクソンと共に生きています。いい形、いい結果で恩返しがしたい、というのはあるけど。こればっかりは、どうなるかわからないから楽しみながらやれればいいいかな」。

恩人らがいちばん願っているのもそれではないか。


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