記事

石川遼「夢はマスターズの優勝です」

やや緊張の面持ちで、大勢の報道陣が待ち構える会見場にあらわれた石川
1978年に山浦記義がプロ転向したのは16歳と11ヶ月だった。この日10日(木)にプロ入りを表明した石川は、それを上回る16歳と3ヶ月。ここに、史上最年少プロが誕生した。

通常ならば、プロになってもすぐに試合に出られない場合がほとんどだ。まずは、トーナメントの主催者推薦を受けるなどして道を開くか、出場優先順位を決める予選会のクォリファイングトーナメントから挑戦して権利を得るか。または大会予選会のマンデートーナメントから挑戦するか。

いずれにせよたいていは一からのスタートとなるが、昨年5月のマンシングウェアオープンKSBカップで史上最年少優勝を達成した石川には、来年2009年までのシード権がある。
プロ転向を表明すると同時に、年間を通じてツアーに出場できるいわゆる、今季187人目の“ツアーメンバー”の仲間入りとなる。

「プロゴルファーになる」という夢を抱いたのは小4のときだった。
「そして、いつかツアーで優勝して、賞金王になって・・・」。
子供心に描いていた青写真はいま、本人にも信じられないような速度で実現していくようだ。
「ツアーの初優勝は、自分でも相当早かった」。それでも、「早ければ早いほうが良かった」と、現実をしっかり受け止め決断を下した。

正式に家族に打ち明けたのは、ほんの数日前だったという。
それから10日以内のスピード会見も「プロになることが自分の夢をかなえる近道だと思えたから」と、石川はいう。

「最終的に、本人が決めたこと」とは、コーチで父の勝美さん。
「鳶が鷹を生んだのではなく、鳶が鳶を生んで、いま鷹になろうとしている」と、我が息子の急成長ぶりに目を見張りつつ、「私の意見は10%も満たないが、本人がそう望み努力するというのなら全面的にバックアップしていこう、と」。

プロ初年度は出場義務試合数(16試合)が免除されるが、学業の両立や体力面を考慮しながら、それでも今年は15試合前後に出場する予定という。
賞金や契約金を受け取るからには、本戦前日のプロアマ戦やテレビ、イベント出演等、試合以外のオファーが殺到することが予想される。
特に注目選手なだけに、高校に通いながらのプロ活動はたやすくはないだろうが、当面はこれまで同様、家族のサポートを受けながら、その両立を目指していく。

また、注目される契約関係について勝美さんは「特定のクラブメーカーから、まだ正式なオファーはない」。
石川も「それは、プロになってから決めること。これからです」と、所属先も用具契約もいまはまだほとんど白紙の状態であることを明かした。

その厳しさを十分に承知した上で「プロの中で、僕が一番ヘタクソだと思っている」と冷静に自己分析した高校生プロ。
「まだ、技術的にも手ごたえを掴んでいるわけではなく、課題は山ほどあり、その中で今やるべきことを明確にして取り組んでいきたい。もうこれ以上飛ばないというところまで、ドライバーが飛ばせるようになりたいです」。

そして、いつかタイガーと一緒にプレーしたい。いずれは、マスターズで優勝したい・・・。
海外メディアを含む、300人を超える報道陣を前に、そう英語で宣言した。
16歳が抱く壮大な夢はこの日、全世界に向けて発信された。


  • カメラマンのみなさんの要望に応えてスイングポーズ!
  • 30台を超えるテレビカメラと50台のスチールカメラ。300人を超える報道陣の前で堂々と夢を語った!

関連記事