Tournament article

UBS日本ゴルフツアー選手権 宍戸ヒルズ 2009

五十嵐雄二は夫として、そして父親としても

ボランティアパーティでの挨拶で、苦労をかけた妻・美代子さん(右)への感謝の気持ちがわき出て、思わず涙が…
初優勝の涙はもっぱら兄の修さんに“任せっきり”の五十嵐が、この日初めて涙ぐんだのは表彰式も終わったずっとあとのことだった。

大会を支えてくださったボランティアのみなさんを集めて行われたパーティに、妻・美代子さんを伴って登場した五十嵐は、そのスピーチでふと声を詰まらせた。

「稼げない時期は、ケンカもよくしたし、迷惑かけたから。苦労ばっかりさせて……」。そこまで言うと、みるみる目が赤く染まった。

結婚して19年。
しかしその年に、プロテストに落ちて失望させた。
2001は、三菱ダイヤモンドカップでプレーオフの末に2位。
初シードも当確と言われながらシーズンも土壇場でチャンスを逃し、そのあとは出場権すらなく、一銭も稼げない時期もあった。

自らも働きに出てどん底のときも、変わらず支え続けてくれた妻に、感謝しないではいられない。
「僕はだらしない男だから。家のことは、ほとんど妻に任せっきりで」。
でもだからこそ、安心して外で夢を追いかけることが出来たのだ。

試合に出るたび、厳しい現実とのギャップに打ちのめされた。意気消沈して帰路についても、家に帰ればまた何度でも、気持ちを奮い立たせることが出来た。再び夢を抱いて旅立てたのは、美代子さんがいてくれたからこそだった。

「不安定な職業だけど、それを理解してくれたから続けてこられた。彼女でなければ、とっくに別れていると思う」と、五十嵐は言った。

「夫がゴルフをやめたいと、私に言ったことは一度もありません」と、19年の結婚生活を振り返った美代子さんは、「私も、夫にはそう言って欲しくはなかったですから」と、きっぱりと言い返した。

夫の初優勝を、涙ながらに見守ったあと、表に出るのは嫌だとどこかに姿を消してしまった。
そんな妻を、ちゃんと雑踏の中から見つけ出した夫はまっすぐに歩み寄り、しっかりとその腕に抱きしめた。

最終日の翌8日(月)は、長男・純くんの17回目の誕生日だ。
次男の輝くんとともに、生意気盛りの2人の息子は父親が予選落ちして帰るたび、「また負けたのかよ」と、毒づいたものだが今度こそ子供たちにも大きなプレゼントを持って、「どうだ!」と、胸を張って帰れる。
夫として、そして父親としても。家族にも苦労をかけたこの17年の面目躍如という意味でも、ツアープレーヤーNO.1の称号は、この上ないビッグタイトルだ。
  • 4日間、支えてくださったボランティア、そして最後までものすごい声援を送ってくださった地元・茨城県の大ギャラリーにも「心から感謝します」と、五十嵐
  • 兄・修さんがキャディバッグにしのばせた家族の遺影をかかげて最愛の妻・美代子さんと。「写真がバッグに入っていたなんて初耳でした。母や兄にも助けられた」と五十嵐

    関連記事