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宮本勝昌、予選落ちの危機から

専属キャディの島中大輔さんはジュニア時代からの友人。サインを求める長蛇の列に、黙々とペンを走らせる宮本のかたわらで、思わずヒザに手をついた。
「勝たせてあげたかった・・・」。
ため息とともに、吐き出した。

宮本と、初めて出会ったのがここ、霞ヶ関カンツリー倶楽部。
高校2年の日本ジュニアだ。
すでに、トップジュニアとして活躍していた宮本に、島中さんは「僕は足元にも及ばなかった」。
高校も別だったが、なぜだか気が合った。

98年の日本シリーズでツアー2勝目に導いて、翌年に本格参戦した米ツアー時代を支えたエースキャディでもある。

しかし、慣れない海外生活で関係がギクシャクして帰国後にコンビ解消。
そのあと、サラリーマン勤めをしていた島中さんに「もう一回やろう」と、宮本が再び声をかけたのは今年の冬だった。

大親友のためにあっさりと会社を辞めて、今季開幕から島中さんがバッグを担ぐなり、ベスト10入り7回の大活躍だ。

今週は、初日80位と大きく出遅れながら、2日目に71で回って辛くも予選を突破すると、3日目にはベストスコアタイの66で17位タイ浮上。

「最終日は、7アンダーを出すつもりでやる」。

このナショナルオープンで頂点に立つことが、2人共通の目標だった。
その気合と緊張感を持続させつつ「ショットのときには、冷静になる・・・そういう、気持ちのコントロールが出来ていなかったかもしれない・・・」と、宮本は振り返る。

11番のバーディで、この日3アンダー。
「さあ、あと3つ行こう」という矢先に躓いた。
13番、18番でもボギーを打った。

さらに遡るなら、悔やまれるのが初日の出遅れ。
「やっぱり、あれが痛かったかな(苦笑)」(宮本)。

思い出の舞台での優勝には届かなかった。
それでも、18番グリーンで島中さんがそっと差し出した右手を宮本は、振り払わなかった。
「お疲れ様!」。
互いの健闘をねぎらった2人。

最近5試合でいうなら、トップ5入り3回。
「何度も優勝争いして、悔しい思いを繰り返して、そうやって、みんなチャンピオンになっていく。・・・宮本さんも、今年中に必ず勝ってくれるはず」と、島中さん。
いちばん近くで見ている人が言うのだから、間違いない。

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