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JCBクラシック仙台 2003

『今の自分がどこまで通用するか、それが知りたい』心はすでにヨーロッパへ・・・友利勝良の2000年以来の全英オープン挑戦なるか

優勝インタビューで、「とっても変なスイングの僕ですが・・・」という言葉を友利は使ったが、その独特なフォームは、実は深刻な怪我を乗り越えた末に完成されたものだった。

91年、37歳のときのことだ。友利は、頚椎の椎間板ヘルニアを患った。選手生命、最大の危機を迎えながら、友利は懸命に激痛に抗った。

「選手としては、一番、脂の乗った時期でしたから、絶対にこれきりにしたくなかったんです。どうすれば戦いつづけられるのか・・・一生懸命に考えましたね」

痛みを和らげるスイングを模索しているうちに、現在のスタイルが出来上がった。
バックスィングであまり腕を上げず、インパクトでは、無理に頭を残さない。フィニッシュは、手を体に巻き付かせない。当時は、仕方なく改造を迫られたと思っていたスイング。だが、それがかえって功を奏した、と友利は言う。

「その先10年、20年と戦えるスイングが身についたんです。以前のままのスタイルにこだわっていたら、とうとう体を壊して、今ごろ僕はここにいないと思いますね」(友利)。

そうはいっても、その後ヘルニアの恐怖から、完全に逃れられたというわけではなかった。

勝ち星に見放されたこの8年間は、怪我との戦いの日々でもあった。ヨーロッパツアーから帰ってきて数年は、また、痛みに悩まされるようになり、なおいっそう、インパクトで頭を残すのが困難となって、ショットに正確さを欠くようになっていた。「このままではいけない」と考えた友利は、昨年から、長崎県佐世保の頚椎専門医『辻メディカルセンター』の辻院長にかかり、本格的なトレーニングに取り組み始めた。

今年のオフには院長の勧めで、20年のゴルフ人生初という“ゴルフ合宿”を組み、グアム島で2週間、体を鍛えなおした。シーズンの始まった今も、そのとき作ってもらったトレーイングメニューを欠かさない。「おかげで、体がとても柔らかくなったし、インパクトで頭を残しても全然痛まないんですよ」。

2年後の50歳、友利は欧州のシニアツアー参戦を計画している。その思いを打ち明けたとき、辻院長は、こう言ってくれた。

「過酷な生活にも、絶対に大丈夫な体を、2年かけて作っていきましょう」。8年ぶりの復活優勝も、心強い援軍を得たからこそだった。

全英オープン日本予選の対象試合である今大会に勝った友利は、同予選ランク3位に浮上した。もし、2000年(セントアンドリュース)以来の出場権をまた得ることができたとき、「何も、多くは望まない」と友利は言う。

「しばらく(全英には)出ていないし、飛距離も落ちた気がする中で、今の自分のゴルフがどこまで通用するのか・・・。僕はただ、それが知りたいだけなんですよ」。

今年の会場は、ロイヤルセントジョージーズ。そこは93年、友利が初めて同オープンに出場を果たしたときと、同じコースだ。そのときは、予選落ちだった。そしてその 2年後の95年、友利はセントアンドリュースでの大会で、2日目にトップに立つ活躍をした。さらに2年後の97年には、欧州ツアーへの本格参戦を果たした。

2年後の2005年、欧州シニアツアー参戦を希望している友利。「また、あのときのように、旅から旅への生活を楽しみたい」と、恋焦がれるヨーロッパの地。今年の全英オープンに出場を果たせたとき、友利はまた、何かを見つけて帰ってくるのだろうか。

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