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ゴルフ日本シリーズJTカップ 2017

家族で獲った賞金王

ポケットにしまっておいたウィニングボールをそっと差し出した。闘病中の床を抜け出して、このハレの日に駆けつけてくれた。最愛の父に握らせた。

「オヤジも順調に回復していますし、また家族の前で、勝てて良かった。父の良い特効薬になった」。
宮里家にはまさに激動の1年を、常に明るく照らし続けた次男がついに、最高の形で締めくくった。

始まりは4月。
住まいを移して4年目の名古屋、中日クラウンズで劇的V。
伝統の和合で、歓喜のダンスを舞うと5月には地元も地元。沖縄で開催された日本プロ。最愛の父も母も、兄も妹も、家族全員が揃う中で2試合連続の地元Vで披露した“カチャーシー”は沖縄伝統の舞。

その翌月に、激震が走った。
妹の藍さんが今季限りの引退を発表した。
「家族としても、凄いニュースだった」と、兄として会見に臨んだり、自身も対応に追われた。

そして8月。藍さんと、イギリス遠征中の父・優さんが、病に倒れた。
予断を許さぬ状況の中で、気丈に賞金レースを続けた。いよいよ9月、藍さんが現役最後の試合を戦い終えて、さらに翌月。
再び愛知で行われた「HONMA TOURWORLD CUP」で、85年以降の記録でいうなら史上初となる72ホールボギーなしの完全試合で、地元V3を飾り、賞金王への大きな布石とした。

その日はちょうど、妻の紗千恵さんのお父様の小川正さんの一周忌でもあった。「僕の一番の応援団。良い風吹かせてくださいとお願いした」と今週もまた、偉業に挑む直前の月曜日に、紗千恵さんと墓参りを済ませて会場入りした。

紗千恵さんはいう。
「昨年はうちの父が亡くなり今年は、藍さんが引退を決めて、お義父さんが倒れられた。色々あって、夫は家族にますます優しくなりました」。

最後まで、賞金王を争った小平智は新婚だが、宮里家は今年、結婚10年目。
妻にも忘れがたい“スウィート・テン”になった。
2013年時の今大会での初V時も、自分が結婚後も長く結果を残せなかったことに対して紗千恵さんに詫びたが今回もまた、「うちのかみさんには特に、苦労をかけましたけど。嫌な顔もせずに支えてくれた」と改めて、10年目の感謝を告白した。

「賞金王を獲るよとか、獲りたいとかは、私にはなんにも。でも黙っていても、狙っているんだろうということはすごく感じた。藍さんのことや、お義父さんのことがあって、なおさらその気持ちは強くなったんだと思う」と紗千恵さん。

狙って勝つことの難しさ。期待に応えることの苦しさ。
「以前は、応援も力に変えられなかった。でも今はそれを力に変えられる」と優作は言う。
その原動力こそ「家族だと思う」と、言い切った。

藍さんが、引退を決めたときには紗千恵さんに言ったそうだ。
「藍ちゃんにはさんざん、世話になってきたから。これからは、俺が背負って行かなくてはいけない」。
アマ時代にゴルフ人気に火を付けてから、ツアー界を牽引し続けてきた偉大な妹。
その存在感は、今回の劇的な逆転・賞金王すら匹敵しないと兄は考える。
「宮里藍が色あせることはない。彼女はいつまで経っても宮里藍」と、改めて敬意を表した兄は「越せるとすれば、自分はメジャーで勝つしかない」。
37歳の戴冠を機に家族の前で、次なる目標に、強い決意をにじませた。

  • 住まいの名古屋
  • 故郷の沖縄
  • そして再び地元愛知でボギーなしの完全試合を達成
  • 初の戴冠は、2017年の家族の歴史そのもの

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