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金庚泰 (キムキョンテ)が大会2勝目、今季3勝目

韓国の鬼は、もだえ苦しみながら大会2勝目を飾った。今季3勝目に自身2度目の戴冠も、現実味を帯びてきた。最終日は4打差で出ながらも、楽に勝てないことは、本人が一番よく分かっていた。1番のティショットは3番ウッドで左に曲げて、3パットのボギーを打った。4番では川村に、1打差に詰め寄られて「途中もうダメか、と」。ショットの不振に、鬼の強さが揺らいでいた。

「今日は適当に打ったショットが多かった」。自信が持てず、いつもはコースで即決出来るゲームプランも浮かばない。「こういう球を打ってやろう、というのが今日は半分もなくて」。散らばるショットは、鬼が垣間見せた心の不安の表れだった。

ギリギリのところで踏みとどまれたのはこのオフ、徹底して腕を磨いた小技だ。深いラフから、しぶとく寄せた。最大のピンチも、救われた。15番のパー5は、左のラフから右のラフへと渡り歩いて、前方を再三木に遮られて3打目もまた右の深いラフ。しかも、左足下がりのライから、ピンに向かって下り傾斜は「ダブルボギーのチャンスもある」と、覚悟した4打目のアプローチは、絶妙の寄せ。3メートルのパーパットは「これを外せば今日の俺には運がない」。渾身のパーセーブで、勝運を引き寄せた。
「オフに色々試して新しいのに変えた」というサンドウェッジはソールを厚く、バンス角も増やして、「ラフからも、バンカーからも良くなった」と、1打差で迎えた18番では、川村との右手前からのバンカー対決も制した。奥3メートルにつけたパーパットには、覚えがあった。

池田勇太との大バトルを制した2012年も、18番でほぼ同じ場所からバーディパットを打った。当時はフックに見えて、実はスライスの4メートル。
「でも今回は、前よりも、もう少し奥で。スライスに見えて、実はどう見てもフックライン」とここ富士桜で、超難易度の2度目のウィニングパットも完璧に読み切った。「自分の目を信じて打った」と、最後の最後に鬼はやっと自信を取り戻した。
ツアー通算8勝目は辛くも逃げ切りVに、安堵のガッツポーズも小さく胸元にしまったまま、雨空を仰いで思わずぎゅっと目を閉じた。

常勝時代のアマチュア時代は、母国で鬼の強さと恐れられた韓国の雄にも、好不調の波はある。本格参戦から8年目の昨シーズンは、賞金ランクもここ5年では自己ワーストの35位に、「良いことがなくて、ゴルフ以外でも面白いことがなくて、やってても楽しくなかった」。米ツアー参戦を機に、4年前に踏み切ったスイング改造は一進一退で、立て直しには困難を極めた。本来は12月に予定していた挙式も、あえて今年1月に“延期”したのは苦しかった2014年の運気を一度、さっぱりと断ち切るため。
心機一転。新しい年には長男にも恵まれ、一児の父の自覚を得てよみがえってきた鬼は、たとえ苦戦にも屈しなかった。

プロ転向して最初のスランプは2008年。予選落ちを繰り返して辛苦をなめ尽くすと、2年後の2010年には、韓国選手として初の賞金王に輝くのだ。あの頃のスイングは、ゴルフを覚えたてのころのまま、感覚に頼って打っていた。「でも今は、考えて打っているからケガもないし、手首も痛くならない」。数年をかけて構築したこの先、長く戦える術を手にすれば、鬼に金棒だ。

「シンハコーポレーションタイランドオープン」で3年ぶりの復活優勝を飾って、「1回勝って、もうこれでいいんだ、とそれでダメになる人が多いけど、それは人間だから仕方ない」。人の弱さは認めても、それに甘んじれば先はない。
「僕も1回勝って、それでいいかなと思ったけれど。良いときこそやる気が大事で、自分にプレッシャーをかけて、もっと練習しなければ、と」。この夏休みも丸半分は新婚旅行をかねてバリ島に出かけたり、家族サービスに徹しても、残りの半分は鬼の調整を重ねて帰ってきた。今年は韓国も、日本に負けず劣らずの猛暑で「暑くてつらかったけど、けっこう練習はしてきたので」。
早8000万円余の獲得賞金は、次週から米ツアーに挑む2位の岩田寛に約2200万円差をつけて、「今このポジションならまた賞金王になりたい。今からは、それが目標になる。これからが大事なので、頑張る」と、ますます向上心にも拍車がかかる。今大会は、ジャンボ尾崎が最多の6勝を誇ると聞いて「あの人は、普通の人じゃないので。僕は無理」と、かくいう鬼も貪欲に、ひたすら上だけを目指す非凡さは並じゃない。

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