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東建ホームメイトカップ 2011

2011年のチャンピオン第1号は高山忠洋

自称「開幕戦男」が、6年ぶり2度目のチャンピオン第一号に輝いた。もっとも、序盤に6打のリードも楽勝ムードのままでは終われなかった。相手は5度の賞金王と最年少の賞金王。簡単に、勝たせてくれるわけもない。片山と、石川との最終日最終組は、前半に躓いた2人を横目に、「最初はマイペースで出来ていた」。
しかしバックナインでやにわに息を吹き返してきた。その驚異に心底怯えた。

特に恐ろしさを痛感したのは12番パー5だ。「アプローチで感じを出しすぎてショートした」。チャンスホールであっけなくパーに終わって、「相手に隙を与えてしまった」。対して揃ってOKバーディに、「2人に火をつけてしまった」。
続く13番はボギーを打って、「やるべき事が、出来なくなった」。歴代の賞金王につけ込まれ、自分を見失いかけていた。

14番のパーセーブも、からがら決めた。「ナイスパー」との片山の声。「よく入れたな、という意味に受け止めた」。片山の気合と気迫を感じた。「せめて気持ちで負けないように。晋呉さんに、応えていこう」。賞金王の煮えたぎる闘志が、逆に高山に冷静さを取り戻させた。

片山が15番で絶好のバーディチャンス。それよりも遠くから、先にねじ込みガッツポーズを見せつけた。17番でも3メートルのイーグルチャンスを外し、18番では3メートルのバーディパットを逃した片山が、「高山をもっと苦しめたかったのに!」と言って、笑顔で勝利を讃えてくれたことが嬉しい。

最終18番の石川の劇的なチップインも、17番からの連続バーディも、高山にとってはもはや、無駄な抵抗だった。偉大な2人のキングを振り切った。
「歴代の賞金王を倒せたことで、これからはもっともっと強い選手になれそうな気がする」と、自信も深まる。

初優勝が2005年の今大会。また2勝目は、開幕戦ではないが、当時の初戦という位置づけで開催された2006年のアジア・ジャパン沖縄オープン。
そして再び、2011年の開幕戦を制して「開幕戦男が帰ってきました!」と、自ら名乗りをあげた。「その名に恥じないように、これからはもっともっと練習して上手くなります」と約束した。

東建ホームメイトカップは今年、「復興東北! 頑張れ東北!」をスローガンに、開催に踏み切った。主催者は開催前に被災地に2億円の復興義援金を送ることを決め、さらに入場券収入や、期間中の選手たちの募金活動などで集まった金額約1500万を足した総額約2億1500万円を、被災地に届ける。

また、「今、日本のために」とのスローガンを掲げた日本ゴルフツアー機構(JGTO)が主管するトーナメントでは、主催者、選手会、JGTOが協力して、各大会の賞金総額の6%を義援金として拠出することになっている。
今年初めの大会で、その取り組みにもっとも貢献出来たことも高山には大きな喜びだ。

被災地のことを考えるたびに、今も胸がふさがる思いがする。テレビで見た悲惨な光景は、今も頭から離れない。
賞金王2人を向こうに回してのV争いに、この日集まったギャラリーは大会史上最多の1万9021人。過去5年のトーナメントを振り返っても、近年ではもっとも多い。
「もしかしたら今日はこの中に、被災された方が見に来てくださっているかもしれない」。そんな風に思ったら、優勝スピーチではつい涙がこぼれ落ちそうに。胸を押さえ、何度も何度も言葉に詰まりながら、それでも懸命に心を込めて話した。

「僕らに出来ることは些細なことだけれど、いつか必ず被災地にも行きたい。ジャパンゴルフツアーでは、今もつらい思いをされているみなさんのためになれるよう、これからも選手一丸となって頑張っていきます。僕らの一生懸命なプレーを見て元気になってもらえたら」。
これからも、選手たちの思いは常に被災地の方々と共にある。

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