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消えた最年少V記録、石川遼は8位に沈んだ

ライバル金との直接対決は・・・
1928年の浅見緑蔵氏が記録した19歳9ヶ月7日を塗り替えるはずだった大会史上最年少Vは、ちょうど19歳1ヶ月を迎えたこの日に、夢と消えた。

上位5人が前半、軒並みスコアを伸ばす中で、ひとり3つのボギー先行が痛かった。首位と5打差から迎えた最終日での出遅れは、ましてこの難コースを前にして、焦燥感に拍車をかけた。

「優勝に対する思いが強すぎて。スコアが伸ばせない焦りが出てしまった」と、肩を落とした。
この日2オーバーの73に、「1打に対して考えすぎて、集中力がバラバラになりました」と、敗因を挙げた。

最終日に2人1組の2サムプレーで同組で回ったのは目下、賞金レースを争うライバル。
「キョンテのことは、意識していなかった」というが、9月の日韓対抗戦は最終日の直接対決を彷彿とさせる大敗を再び喫して、反省が募る。

賞金ランク1位で迎えたこのゴルファー日本一決定戦。「でもそれに見合うプレーが出来なくて。ギャラリーのみなさんにもキョンテにも、良いプレーを見せられずで申し訳ない」。

同ランク1位の座も、再び金に譲り渡したばかりか、藤田に次いで3位に後退。「今日のプレーでは、キョンテにかなわない。来週、また取り返します」と再反撃を誓うので、精一杯だった。

  • 日韓戦に続く大差の敗退・・・
  • 最年少V記録も夢と消えた

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