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カシオワールドオープンゴルフトーナメント 2022

ドン底から頂点へ。比嘉一貴が史上もっとも小さなキングに輝くまで

今大会の優勝が逆転の絶対条件だった賞金2位の星野陸也(ほしの・りくや)が8位タイで終戦。
次週のシーズン最終戦「ゴルフ日本シリーズJTカップ」を待たずに約7000万円差で、比嘉一貴(ひが・かずき)の賞金王が決定した。賞金ランキング



どん底から始まったプロ人生だった。

サードQTの2ラウンドで、スコア誤記で失格したのは転向の2017年。ABEMAツアーに出ることすら危うい窮地である。

アマ期はナショナルチームに6年も在籍したエースの大失態に、恩師の阿部靖彦・東北福祉大ゴルフ部監督からも大目玉を食っている。


だが、そこからの変わり身と立ち直りは異常なまでに速かった。
大学先輩の松山英樹の助言もあり、すぐアジアンツアーの予選会に挑戦。出場資格を得た2018年の下部ツアー初戦で1勝すると、帰国してすぐ出たABEMAツアー「南秋田カントリークラブみちのくチャレンジ」でプロ初V。

少ないチャンスを生かしてレギュラーツアーでも、プロ初年度での初シード入りを果たすと、2年目の2019年にツアー初V。
そして年間4勝の今季、ついに頂点まで駆けあがった。


「QTで失格したとき、叱るといいますか、一貴にはプロとしての基本的な心得を言って聞かせた記憶があります」と、阿部監督。
「あれから様々なことを経験し、とても大きく成長してくれたと思っています」と、プロ後も見守り続けた恩師にも感慨深い。


18、19年賞金王の今平周吾は165センチ。それよりまだ7センチも低い。
ツアー最小キングが誕生した。


少年期は鉄棒にぶら下がったり、牛乳を飲んだり、お姉さんとおかずを交換したりと頑張ったそうだ。

だが専門家に成長止まりの診断を受けたのは高校時。
家族の落胆をよそに、このときも本人の切り替えは周囲も驚くほど早かったという。


身長を伸ばすために控えてきた筋トレをすぐ解禁。体力強化にシフトした。
アマの交流試合で長身の海外勢に、軽々と置いて行かれて内心、羨むことはあってもふてはせず、「違うところで勝負する。小さくてもやれることを証明する」と胸に秘め、グリーンを狙うショットや小技磨きに注力してきた。


特に今季の成長幅は著しく、初メジャーを経験した「全英オープン」(予選落ち)と、10位の成績を残した初欧州の「BMWインターナショナル」から帰ると、「また一段と上手さに磨きがかかった」と、2019年から支える岡本キャディ。


「もっと勝っていい」と、片山晋呉に背中を押されたのは昨年末だった。
通算31勝の永久シード選手で、賞金王は過去5回。「子どものころ片山さんのプレーに憧れた」と、尊敬する人からの助言で今年からコースメモの携行もやめた。

感性に頼ることで、「彼のいいところがやっと出てくるようになった」と、片山。
「力は凄くあるのに、なかなか勝てていなかった。もっとこうしたほうが勝てるんじゃない?と。いくつかアドバイスをしたんだけど、その中で一つでも響いてくれたなら僕も嬉しい」と、目を細めながら「まだやっと1回目。ここからいかに長く続けて、海外にも挑戦し、世界の扉を開いていくにはどうするか。これからだよ」と、戴冠直後に言って聞かされ「また来年も賞金王が獲れるように、片山さんに一歩でも近づけるように頑張ります」と、頷いた。


片山(左)も嬉しそう


2019年「RIZAP KBCオーガスタ(現Sansan KBCオーガスタ)」の初Vで、史上最小のチャンピオンに就いた時、「ゴルフ無しで1日自由にしてみろと言わても何も出来ない。遊びに行くのもゴルフをしてから。歯磨きと一緒みたいな感じです」との名言を残した練習の虫だ。


2020年の結婚後も、「いまハナシ聞いてなかったでしょ、と妻に叱られることがある」と笑うが、以前よりゴルフで悩む時間は確実に減ったし、月曜から張り切ってコースに行くのも今は取りやめ、「まず家族との時間を大切に。顔を見て、話しをすると気持ちが軽くなる。また頑張ろうと思える」と、クラブを持たない時間のとらえ方にも大きな心の成長が見える。


現時点で年間4勝での戴冠決定は、2017年の宮里優作以来。
また、地元・沖縄県勢の賞金王は、宮里に続く史上2人目。
本部高校時代には宮里の父・優さんに手ほどきを受けた。

「今もチェックすること、意識して守っていることはほとんどが優さんから教わったことで、とても感謝しています」と、恩人の喜ぶ顔も目に浮かぶ。


2016年の「日本オープン」で初のローアマを獲得し、優勝の松山英樹と表彰式で肩を並べたのは大学3年時だった。


まだ大学3年時。当時から先輩の松山(右)も将来を嘱望した逸材でした


「将来、カズキが今の自分の立場になってくれれば嬉しい」と、嘱望された。

先週の「ダンロップフェニックス」で今季4勝目を飾ると「松山さんが優勝した大会(2014年)で僕も勝つことができました」と、いの一番に報告をした。
「おめでとう、と返事をいただきましたが今回はどうかな?まだ来週があるだろ、と言われそう」と、偉大な先輩の気持ちを汲む。

「僕は一生、松山さんの後輩。それは変わることがない。これから先、海外で松山さんと同じ試合に出られる機会が増えたら凄い楽しみです」。


いま一番の目標は、マスターズの出場だ。
世界ランキングが新システムに変わり、資格が発生する今年度内の50位内は厳しいかもしれない。「でも、自分のベストを尽くして来週も頑張ろうと思います」。
どん底から駆け上がったJGTOが誇る小さな巨人はまだまだ大きな野望を抱き続ける。

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