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エバーライフカップチャレンジトーナメント 2006

小野貴樹 「父が導いてくれたゴルフへの道。」初優勝は父に捧げる。

小野は集中していた。

プレーオフ1ホール目。8ヤードのパットを小野が先に沈めてバーディ。土田も4ヤードを入れ返し、プレーオフは2ホール目へ。そして2ホール目はパーをセーブした小野が土田をおさえて初優勝を決めた。

ホールアウト後、小野に8ヤードのバーディパットのラインを尋ねると、「そんなにありませんよ。4ヤードくらいでした。」と応える。
土田の倍の距離があったことを伝えると、「土田さんより遠い印象はあったが、そんなにあったかな。入れることができると思っていた。」と調子の良さが小野にパットの距離を短く感じさせていたようだ。
この2日間はボギーのないラウンド。ショット、パットともに好調だった。最終日は台風1号の余波で、渦巻く強い風雨が選手たちを苦しめたが、小野には「気にならなかった。」
更に豪雨による2時間20分の中断中も集中力を切らすことなく、再開してすぐのバーディパットを沈めて波に乗った。

小野は甲子園を目指して小学校4年生から野球を始め、横浜商業高校に進んだ。在学中に3回の甲子園出場を果たしたが、レベルの高いチームの中ではいつも補欠だった。当時は身体も細く「向いていなかった。」と振り返る。また、勉強の成績も思わしくなく、しかし、スポーツを続けたいという気持ちは強く持っていた。

高校3年の後半に入り、野球も引退して進路に迷っていたとき、お父さんからゴルフを勧められた。「父はゴルフをしないのに、僕のために考えてくれた。」という、子どもを想う親心が小野に新たな道筋をつけてくれた。
父が示してくれた「ゴルフ」という進路により、小野に迷いはなくなった。

高校を卒業してすぐに、山口県のゴルフ場で研修生として修行を始め、22才で茨城県のゴルフ場に移籍。そして26才でプロテストに合格。その資格でクォリファイングトーナメント(QT)に出場してプロトーナメントの舞台に足を踏み入れた。

しかしプロの世界はそう甘くはなかった。これまでに出場できたツアートーナメントは僅か5試合。チャレンジトーナメントで予選は通過するものの、上位に食い込むことは簡単ではなかった。今年のチャレンジトーナメント開幕戦のPRGR CUPも現地ウェイティングはしたものの、待機順位2番のために出場をすることができなかった。レギュラーツアーでの実績は、2004年のサトウ食品NST新潟オープンで127,714円を獲得したのみ。
しかし小野はこの時の賞金で、「両親に洋服を買ってあげた。」とささやかな親孝行をした。
今回の優勝による賞金は180万円。「これまでに手にする最高の額」という。小野は「賞金で両親と妻に何かプレゼントしたい」と満面の笑みを浮かべる。

小野はインタビューの最後にこう語った。
「父が導いてくれたゴルフへの道。父に感謝したい。」
初優勝は父に捧げる最高の恩返しであり親孝行となった。

明るく礼儀正しい33才。次回以降の全てのチャレンジトーナメントと、UBS日本ゴルフツアー選手権宍戸ヒルズの出場資格も手に入れた。
両親と奥さんに捧げる、もっと大きなプレゼントも品定めできた。

今後の活躍が楽しみである。

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