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日本オープンゴルフ選手権競技 2006

インドのジーブ・ミルカ・シンが単独首位スタート

好スタートを切っているというのに、ミルカ・シンの足取りが重い。ほかの同伴競技者から、常に遅れること約20ヤード・・・。
「途中から頭がクラクラして・・・。ひょっとしたら、脱水症状も起こしていたのかな。
今日は最後まで、歩くのだけで精一杯・・・」。
言われてみれば、インタビューに答える表情もどこか冴えない。

原因は今週月曜日、夕食に食べた「タコとマグロの刺身」という。
翌火曜日にプロアマ戦を終えたあと、夕食のころからだんだん具合が悪くなってきた。

「どうやら“毒”にあたったようで・・・。インド人は胃腸が強いはずなのに、なんでだろう?!」と、本人も首をかしげたひどい食当たりは病院に行く気力さえなく、丸1日練習日に当てられたはずの水曜日は、とうとう
ホテルから一歩も外に出られなかった。

この日初日の朝になっても、症状はまったく改善していなかった。
それでもひどい腹痛をこらえ、シンはコースに出ていった。

「アスリートとして、勝負を諦めることに抵抗がある」というシンの父、ミルカ・シンさんこそ真のアスリート。

1960年のローマ五輪4位、1958年のアジア東京大会で400メートル走の金メダリストは、80歳を超えた今でも、週4回は接待でゴルフコースを回り、最初のハーフは絶対にカートを使わない。
「・・・そんな父のDNAを、僕も確かに受けついでいると思う」と、シン。

この日1ラウンドを回りきったばかりか、6アンダー単独首位の好スタートには、不屈の精神力さえ伺える。

「とにかく、今日はもうどうでもいいや、と・・・(笑)。自由な気持ちでプレーしたら、こういう結果が出たよ」と弱々しく苦笑してみせたが、好調の波が続いていることは確か。

今年4月の欧州&アジア共催のボルボ中国オープンで優勝してからというもの、日本ツアーでトップ10入り9回、予選通過落ちなし。
未勝利ながら、現在賞金ランクは14位に「いまは、プレッシャーをコントロールすることも出来るし、結果に対してのゲームの組み立ても出来る。そして何より、自分を信じてプレーできていることが大きいかな」。

とはいえこの状態ではまだ、最終日のことを思い描くまでにはいかない。
「とりあえず体をちゃんと治療して・・・それからだよね」。
リーダーのインタビューを終えるなり、大会主催の日本ゴルフ協会より紹介を受けたという近隣の病院へと向かった。

ジーブ・ミルカ・シン
1971年12月15日生まれの34歳、インド出身。
アジア大会(1958年、東京)400メートル走の金メダリストでもあった父、ミルカ・シンさん(当時ハンデ9)が、趣味でゴルフを始めたのが、ジーブが10歳のとき。このとき、キャディとしてついて行ったことがきっかけで、自身もゴルフをたしなむようになった。

インドにはサッカーやクリケット、ホッケーなど、他にも国民的スポーツが数多くあったが、「ひたすら、コースとの戦いである点に興味を持った」と特にゴルフに熱を入れた。
スカラシップで留学した米テキサス州のアブリン・クリスチャン・カレッジのゴルフ部で、NCAA優勝も経験。
卒業後、1993年にプロ転向し、アジア、日本、欧州の各ツアーを転戦して腕を磨いた。
1996年には日本ツアーのキリンオープンに出場。
13位タイの賞金150万円に魅力を感じ、日本ツアーを意識するようになったという。
アジアンツアーで5勝、欧州ツアーで1勝。
「いずれ全世界のツアーで優勝することが夢」というシンの次なる標的は、もちろん日本ツアー。
記念すべき“初優勝”が、このナショナルオープンなら最高だ。

記者会見の模様はこちらよりご覧頂けます

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