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三菱ダイヤモンドカップゴルフ 2005

韓国のイージー・ジャンが、日本ツアー初制覇

最後まで、手堅いゴルフで逃げ切った。確実に、フェアウェーをとらえ、グリーンはセンター狙い。
たまのピンチにも、「ここはボギーでもいい。ゆっくりと、焦らずに」。すぐに気持ちを切り替え、冷静に対処してパーを拾い、チャンスは絶対に逃さない。

朝、コースまでの道すがら、車に同乗した先輩の金鍾徳の言葉を、何度も肝に銘じた。
「緊張しすぎもいけないが、緊張しなさすぎてもいけない」。
適度な緊張感を最後まで保って難コースを制し、本格参戦から3ヶ月足らずで、日本ツアーの頂点に立った。

日本で、すでに何勝もあげている選手のような、堂に入った戦いぶりは、無敵だったアマチュア時代の片鱗だろうか。

学生時代、韓国ナショナルチームでしのぎを削った同期のS・K・ホが証言する。
「昔から、コースマネジメントが抜群だった。落としどころをしっかりと決めて、確実にそこに打つ。思いどおりにボールを操れる選手だった。強力なライバル? ・・・とんでもない。ゴルフのレベルは、僕よりもうんと上」。

93年の韓国ジュニア、94年の韓国アマで優勝。22歳からの2年間は、成年男子の義務である兵役につきながら、トップアマとしても活躍した。
試合で負けると1日10キロ、1週間で50キロランニングの罰が待っている。
「でも僕は、走っている人をいつも見てただけだった」。
負け知らずのアマチュア時代。

しかし、98年のプロ転向後に、試練は訪れる。
それまでは、「自分が一番上」と、信じて疑わなかったが、プロの世界ではそうはいかない。
「僕よりうまい人がいっぱいいた」。
こんなはずじゃない、という思いがますます足を引っ張った。

「それで僕は、あるときから“欲”を捨てました。それよりも、楽しみながらプレーすることを、心がけるようにしたんです」。

昨シーズンの韓国ツアーで賞金王に輝いてスランプを脱し、出場優先順位を決めるファイナルQTでランク30位に入り、日本ツアーにやってきた。

「彼はここに来るまでが大変だったけど、ここまで来ちゃうと、もっと凄い選手になるよ」(S・K・ホ)。

韓流ブームに乗ってまたひとり、強烈なプレーヤーが日本ツアーに舞い降りた。

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