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アジアパシフィックオープンゴルフ選手権競技 キリンオープン 2001

ディフェンディングチャンピオンは片山晋呉

昨年のこの大会。
夕暮れ迫る18番グリーンで第2打をバンカーに打ち込んだとき、はじめて片山は、自分がトップに立っていることを知った。2位グループとは2打差。「乗せるだけでいい」。ピンまで7メートルに出し、最後は2メートルのウィニングパット。これを沈めて念願の、地元・茨城弁での優勝スピーチに、遅くまで残って片山に声援を送りつづけた多くのファンが沸きに沸いた。

雷雨による2度の競技中断に、選手たちがペースを崩す中、片山には、待機中の車の中で仮眠を取る余裕さえ見せてのVだった。

昨年の片山の優勝インタビューから
「この試合で勝てば、ワールドランキングのポイントもけっこうあがる、ということもあって、この試合と、次の中日クラウンズで勝ちたいと思って調整をしてきましたので、『ああ、調整の仕方は間違っていなかったんだな』ということを痛感しています。今年のうちにワールドランキング70位内に入って、さらに来年、数試合の米ツアー参戦で、50位に食いこみ、マスターズに出場したいから。
13番で、7メートルのバーディパットを沈めたあと2度目の中断になって、そのとき僕、その場で20分近く待機の車の中にいたんですね。
そのときに、なんていうのかな…まったくゴルフのことは考えずに、車の中で5分ほど寝たんですよ。それで、『なんかすっきりした〜』とか思って再開になったら、(7メートルが)入っちゃった。
 最初の中断のときも3メートルくらいのバーディパット(8番ホール)からだったんですよ。それはうまく打ったんですけど、はずれたんですね。それでまた、13番もパッティング前に中断になって。車の中で寝る前までは心臓が飛び出るくらい、すっごくどきどきしてて、『あ〜どうなっちゃうのかな』とか思ってたんですけど、ちょっと寝て、パッと打ったら入っちゃった。普通は中断のあとのそういうパットって、嫌なものなんですけどね。
(競技副委員長の)川田(太三)さんが競技委員としてついてくださってて、待機中の車の中で『マスターズも、このくらい遅い時間に終わるんですよね』なんて話しながら、やけに落ちついていたんですね。ドキドキするパッティングの前なのにね。
16番パー4の2打目をすごくショートして、3打目のアプローチをうまく打てたのが勝利につながったと思う。あそこがパーなら、『行ける』っていうのがあったから。
第3打目は、グリーンまで30ヤードあったんですけど、今週はそれくらいのアプローチが全部OKの距離についていたから、そのときもまったく時間をかけないで打ったんですよ。それが入りそうなくらい、いい感じで打てて。それが今回の勝因かな。

今日は『僕は僕のゴルフしかできない』と思ってプレーしました。今日はスコアボードを1回も見ないでプレーしたんです。僕はもともとスコアボードを見て、自分の名前が1番上にあるのを見るのが好きなんですが、それでけっこう失敗していますからね。今日は、最後の18番で2打目をバンカーに入れたとき始めてキャディに『ここは何打であがればいいの』って聞きましたよ。『このバンカーからは、どうやって打てばいいの』って。そしたら『乗せるだけでいい』って。で、乗せてから『何パットで行けばいいの』って聞いたら、『ピーター・シニアがはずしたから、2パットでいいです』って。それでやっと、『俺、トップなんだ』ってわかった。
俺、最後の18番、『パーでいい』って知ってたらティショットでドライバー、持ってないです。自分の順位も知らない状態で、『2オンすればバーディもあるな』という感じで自分のゴルフをしようと思っただけだったんです。でも、周りはなんだか騒ぎ出しているし、もうひとりの自分が、『多分、俺、優勝だぞ』とか思いはじめて、『いや、違う、違うんだ。自分のゴルフをすればいいんだ』と言い聞かせながら、最後はやっていましたね。

最高です。茨城の人達はほんとみなさん、良い人です。地元開催ということで、たくさんの応援がありましたし、この茨城の地で勝ちたいという気持ちが強かった。…もちろん、勝ちたい気持ちは誰にでもあるでしょうが、僕は誰よりもまして、勝ちたい気持ちがあったから。この優勝は僕の歴史の1ページに残る、大きなものだと思います」

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