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「日本初フォーマットも母国ツアーで慣れてます」ノリノリ、ノリスのシーズン初V

プロアマ戦は慣れています©JGTOimages
遅れてきたノリスが、シーズン初勝利をプレーオフで飾った。コロナ禍で、離れ離れの家族に通算5勝目を届けた。

6位から出た最終日は1番から3連続バーディ。スタートから首位との6差を猛然と追いかけた。

20ー21シーズンは、21年開幕戦「東建ホームメイトカップ」から合流。昨年は、全米プロや、全米オープンなどメジャー出場の機会はあったが日本でのプレーは約1年半ぶり。
来日後14日間の隔離を経て、最初は探りながらの転戦だったが、この6戦目で「ショットもパットも完璧」と言えるまでに持ってこられた。

日本では初のプロアマ形式戦も、母国南アツアーは「試合の78%くらいがこのフォーマット。同様式で1勝の経験もある」と言い、アマの方々とのプレーも慣れたもの。

10番で5メートルのイーグルを奪って首位に迫ると、17番では3メートルのバーディチャンスも逃さず、1差で揺さぶりをかけた。
通算21アンダーで並んで大槻と、ビンセントと臨んだプレーオフも、19年の「ANAオープン」では史上最多の5人を経験済み。
「相手2人と比べて自分が有利と信じた」。
バーディ→パーで、2ホール目に決着をつけた。

先週までキャディで支えてくれた弟のカイルさんが、体調不良で”欠場”し、本戦の72ホールは電動カートのセルフプレー。

「弟と一緒だったらもっとよかったんだけど」と、ウィニングパットを決めると目頭を押さえてちょっぴり感傷的になったが、延長の2ホールだけ、きゅうきょバッグを運んでくれたゴララパリャさんには大感謝。
「仲良しのガンジー選手(インド)のキャディさんなんだけど、快く承諾してくれて。あとでディナーでも、と思っています」。

今月14日に39歳になったが、コロナで家族も来られず寂しい誕生日を過ごした。この祝勝会も、あとでたっぷりと祝うとして今は遅れた分を、ひたすら取り返しにかかる。

コロナ禍の入国制限で、昨年は1試合も出場できなかった。
「かなりの遅れを取っていますが、ここからなんとか縮めていきたい。今年はあと2勝はしたい」。
19年に、2年連続で今平周吾と賞金レースを争い、2年連続2位に終わっている。1年越しのリベンジも、ここから本腰入れる。

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