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復活への鳥瞰図を作成中。高山忠洋の第2章

キャディをしてくれた大親友の富田にも感謝©JGTOimages
世界遺産の日光から、第2章の始まりだ。43歳のベテラン、高山忠洋が通算7アンダーの9位タイに入った。

18年7月に、右目の病いで離脱。同年12月の手術を経て、昨年から公傷による特別保証制度を行使して、復帰。

その後、規定による上限8試合で復活に尽力したが、最後の「アジアパシフィック ダイヤモンドカップ」で予選落ちを喫し、残り約57万円に届かず、17年続けた賞金シードを喪失していた。

「今後は、出場できる試合で頑張るしかありません」と、いったん退いたが先週の「日本プロ」は、コロナ禍で延期となっていた昨年大会時の出場資格を、公傷という形でそのままスライド。

大会主催のPGAの特別承認を得て出場が実現した。

再挑戦の大事な初戦。
キャディをつとめてくれた富田雅哉(とみだ・まさや)は、ツアー1勝のプロゴルファーだ。

「無理してお願いしました。いつも一緒に練習している仲。僕の気持ちも分かってくれて、ショットの相談も、ポンとか、ドンとか、擬声語だけでもわかる。凄い味方になりました」。

2003年に、ここで開催された「日本オープン」では予選落ち。
「苦手な記憶があったけど。経験と戦略を練って、2人で日光を攻めてきました」。

富田と頭脳を持ち寄り4日間かけて、完成させた攻略ノートは日光の鳥瞰図(ちょうかんず)。
「上から見下ろすように木の配列を見て、3Dのような感じで。ここは飛ばしすぎると、グリーンを狙えないこともある。ゾーンを広く取って打っていく。慎重にせめていった」と、緻密な組み立てが奏功し、前回出場時までには満たせなかった規定の獲得賞金に到達することができて、今後は推薦出場試合の上限が解除されるなど、明るい材料もできそうだ。

4日間とも悪天候続きに、隣の富田はキャディバッグの重みに「肩が痛い」と、泣きそうになっていたそうだ。
「富田にもすごく手伝ってもらって。ほんとにありがたかった」と、改めて感謝。

このあとすぐ、7日ー9日のAbemaTVツアー初の選手会主催大会「ジャパンプレーヤーズチャンピオンシップ チャレンジ(岩手県・きたかみカントリークラブ)」に、推薦出場。

「自力で出ていた今までの試合とはまた違い、結果を出さなきゃいけない、という使命感がある。感謝と1打1打の重みを感じながらやっている。気の抜けない試合が続きますが、いい結果で恩返しをしていきたい」。
まだまだ続くストーリー。
復活への筋書きも、着々と作成中だ。

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