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日本ゴルフツアー選手権 森ビルカップ Shishido Hills 2018

ヒルズのトミーが宍戸でラストゲーム

最後の一打は、タップインのボギーパットだった。苦虫をかみつぶしたような顔でちらりとコースを振り返った。中嶋常幸が、競技者として立つのはこれが最後の宍戸。

「“卒業式”くらいは60台くらいで回りたかったよ。一生懸命頑張ったんだけどね・・・。ダメでした」。

76と大きく出遅れた初日。5オーバーから出た2日目はツアー48勝の永久シード選手のこれが、宍戸のラストプレーと知って、スタートからたくさんの人々が駆けつけた。
「ボギーを打っても拍手をしてもらってありがたかったが、8番まで耐えるので精一杯。あのへんまでが限界なのかな」。
挽回することも出来ず、首位とは20差の118位。通算11オーバーに終わって、前人未踏の日本タイトル8冠がかかった今大会への出場は「今回が最後になります」。
ついに、終幕の時を迎えた。

数年前から覚悟は決まっていた。
「キャリーで250ヤード飛ばなくなって、予選通過できなくなったら卒業だ、と。でもそれは、数字上の話であって、心の話ではないよね」。
今だって、ドライバーだけなら若手と同じくらいに飛ばせる。
「この前、練習場で計ったら、279ヤード飛んだがアイアンショットで加減というものが出来ない。8番か7番で迷って7番で、軽く打とうと思っているのにフルショットをしている。自分で考えることが、途方もなく出来ない。悔しい」。

2010年に、スキー合宿で訪れた青森で、車と車の間に右足を挟まれる事故に遭い、重傷を負った。
当時、55歳。
「でもまだまだ全然OKだ、と。引退なんて、これっぽっちも思わない」と、血のにじむリハビリを経て、2013年のダイヤモンドカップで松山英樹とV争いするなど若手に負けじと気丈に舞台に立ち続けたが、ここ数年は、出てくる試合も絞られ、昨年は3試合にとどまった。
「ケガの影響もあったかもしれないが、歳とともにだんだん試合で戦える体ではなくなった」。

アマ、プロ合わせて日本と名のつくタイトルは17勝。
「優勝争いもたくさんして、いい思い出もたくさんある」。その中で、唯一取り残していたのが今大会だった。
「ここで勝つことをモチベーションに頑張ってきたが、限界。こういう真剣勝負のメジャー戦というのは、もう若い者に譲るべきだと。永久シードには、それだけの重さがある。自分の中で結論は出した。悔いなしの一言」。

この日は、同じく永久シードを持つジャンボが今季3試合目にして初めて36ホールを回りきった。
71歳にして、メジャーに出続けていることには「それは一人一人の価値観の問題だから。俺は卒業を決めたけど、彼は彼の価値観で戦っている。自分で勝ち取ってきた権利だからね。他人がどうのこうの言うのは違うと思う。俺はジャンボを応援します」と、全盛期は何度も日本タイトルを奪い合った戦友を気遣った。

大会特別協賛社の森ビルが運営するお隣の静ヒルズの所属プロ。改修・監修に長く携わり、ここ宍戸では2012年にジュニア教室の「ヒルズゴルフ・トミーアカデミー」を起ち上げた。
塾生で、いまは研修生として来季の女子プロテストに再挑戦する山路晶さんは、1番ティで大ギャラリーに紛れてフォアキャディ業務をしながら先生のラストゲームを見送り「本当に偉大な選手。尊敬しかない。ここで先生の試合を見られなくなるのは寂しいです」。
コースではこの日、ホストプロの“卒業式”にあたって、当初さまざまなセレモニーが計画されたが、本人はすべて丁重に断ったという。
「卒業と引退は違うから。セレブレーションは要らない。自分の中ではなすがまま、自然に終わりたかった」。
惜しまれながら、静かに幕を引いた。

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