ゴルフ日本シリーズJTカップ 2012

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大会記事

藤田寛之のエースキャディも味わった栄光の瞬間

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  • その瞬間はあっさりしたものでも、せめて記念撮影をと梅原さん。しかし、藤田はなぜか棒立ちで、「藤田さんもガッツポーズをしてくださいよ」と言ってもダメで・・・
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  • もう一人で盛り上がる、といじけつつ写真に収まる梅原さんに、こらえきれずに大笑いした藤田。長くコンビを組む2人ならではの戯れだった

コンビ14年目の栄冠も、あっさりとしたものだった。2人で歓喜に震えるわけでもなく、その瞬間も軽く握手を交わしただけで、キャディの梅原敦さんは渡されたパターを淡々とバッグにしまった。

「藤田さんは、いつか賞金王になれる人だと思っていたので」。

初タッグは98年。藤田が妻の優合子さんと出会った年と同じだが、一緒に過ごす時間は、優合子さんよりも長い。

夫婦同然に息の合ったコンビも、解消の危機は二度あった。
最初は2001年。キャディは選手の稼ぎによって、収入が変動する不安定な仕事である。梅原さんの将来を懸念した藤田は「安定した職についたらどうか」と転職を勧め、一度は梅原さんも承諾した。

しかし、「やっぱり藤田さんのキャディがしたい」と、翌年には“再就職”を申し出た。
そして、2度目は2009年。奇しくもこのツアー最終戦の「ゴルフ日本シリーズJTカップ」での出来事だ。

梅原さんが、長く連れ添った気の緩みから、大げんかの末に、藤田のキャディバッグを強く叩いてしまった。あとで、ことの重大さに気づいた梅原さんは、けじめの“辞職”を申し出たことも。

そして翌年の大会初制覇だ。そして今年の3連覇と賞金王。
「今では、何も言わなくても藤田さんが考えていることがなんとなく分かる」と、梅原さんは言う。コースでは、あうんの呼吸で選手の気持ちを読んで、話しかける言葉のトーンや内容を、さりげなく使い分ける。

「昔は気合いを入れるつもりで藤田さんがショットを打ったら“GO!”とか、大声で言ったりもしてたんです」と、梅原さんは笑う。
「でも藤田さんは、そういうタイプじゃなかった」。

今でも梅原さんが、舌を巻くことがある。
「ピンチでも、チャンスでも、藤田さんはどんなときでもまったく表情が変わらない」。
コースを離れても、それは同じで以前、ポケットや鞄を藤田がゴソゴソし始めた時のこと。
「どうしたんですか」と梅原さん。
「いやあ・・・どうも財布がね。ないみたいなんだ」と、藤田はまるでこともなげに言ったという。

「財布ですよ、財布! 現金だけならまだしも、カードも免許証も入っている。僕ならパニックになってます。でも藤田さんはそんなときでさえも冷静なんです」。

以前は藤田がめったにしないOBをまれに打つと、「もうそれだけで慌てふためいていた」という梅原さん。
「そんなとき、藤田さんがぼそりと言うんです。“慌てるな、そういうときこそ落ち着いてやれ”と」。
聞けば昔から、そういう生き方を貫いてきたという藤田にたしなめられて、鍛えられ、いよいよ梅原さんも、キャディ冥利の瞬間を味わうことになる。

紆余曲折の中でも梅原さんが、常に信じて疑わなかったことは「藤田さんが、日本で一番上手い選手だということ」。ずっと、そう思って担いできた。
「藤田さんが、フルに力を発揮すればいつでも賞金王になれると信じていた」。
14年の時を経て、梅原さんの思いがいま証明された。

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