ダイヤモンドカップトーナメント 2003

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ダイヤモンドカップトーナメント2日目は、昨年の怪我から復帰した真板潔が通算7アンダーで単独首位 『去年はいろいろあったから・・・。いろんな意味で結果を残したい』

ホールアウト後のインタビューで、昨年9月に亡くなった母・喜代さん、また今年1月に亡くなった父・保幸さんについて聞かれると、真板は途端に顔をゆがめて言い放った。

「両親のことは、今は言わないで!」。痛みをこらえるような表情を浮かべ、ぎゅっと目をつぶった。

昨年7月、サトウ食品NST新潟オープン2日目にコースのくぼみに左足首を取られて靭帯断裂。手術をして約2ヶ月間の入院生活を強いられた。

9月、ようやく退院となり、さあ復帰の準備をはじめよう、とした矢先の母・喜代さんの死。その悲しみが癒えないうちに、父・保幸さんも、後を追うように亡くなった。

両親は、最後まで真板の体を案じながら逝った。復帰して、再び元気に戦う姿を見せられなかったことが、真板には心残りでならない。

今年は、特別公傷制度を利用してのツアー復帰だった。昨シーズンをほとんど棒に振ってしまった真板には、開幕戦から12試合に出場のチャンスが与えられ、規定を満たすまで試合数限定での参戦が認められていた(下記※参照)。それも、今年4戦目のフジサンケイクラシック終了時点でクリアして、現在、真板は今季のシード権獲得選手の次位選手として、連戦を続けている。

昨年、ケガをした直後には、今のような状態はとうてい想像することはできなかった。ダウンスイングで全体重を受け止めるはずの左足首の怪我は、今後の選手生活には「致命傷」だと思ったからだ。再び、戦える体に戻れるのか。不安な気持ちのまま懸命にリハビリを続けて迎えた、今年の開幕戦だった。

今でも、患部には違和感があり、スイング時に思い切って体重移動できない状態ではある。しかし「そんなこと言っていられない。今年はいろんな意味で、とにかく結果を出したいんです」。亡くなった両親への思いが、真板をコースへと駆り立てる。
ケガをする前は、プレー中にもおどけた表情や愛嬌のある笑顔でファンの声援にこたえることの多かった真板だが、最近は今までになく、厳しい表情を浮かべながらの戦いが、続いている。<

「まだまだ、余裕がないんですよ」と真板はいう。

真板がほんとうの意味で、悲しみを乗り越えられるのは、天国の両親に、2000年サントリーオープン以来の優勝報告ができたときだ。そのときようやく、心からの笑顔を見せてくれることだろう。

※公傷制度、真板の場合・・・トーナメント規定第33条第5項に基づき、2002年度最終賞金ランキング70位以内(出場義務競技数に達していない者を除く)のプレーヤーの平均出場競技数24競技から、2002年度に、真板が出場した競技数12競技を差し引いた 12競技に出場することができ(原則は12競技連続出場のこと)、またこの12競技の獲得賞金と2002年度の獲得賞金8,451,926円の合算が、2002年度最終賞金ランキング70 位(出場義務競技数に達していない者を除く)のプレーヤーの、獲得賞金11,165,800 円以上を稼ぐことができれば、今シーズンのシード選手として復帰できることになっていた。真板は今年の開幕戦『東建ホームメイトカップ』から全試合に出場し、4試合連続予選通過を果たしたフジサンケイクラシック(5/8-11)で17位タイに入り、賞金222万2,000円獲得した時点で目標である獲得賞金額(11,165,800円)をクリア。昨年の賞金ランキングシード権の次位選手としての出場権が与えられることとなった。

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