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マンシングウェアオープンKSBカップ 2006

武藤俊憲4年前、田中秀道に言われた言葉が現実に

今季はファイナルQTからの参戦。まだシード権を取ったことさえなく、ほとんど無名だったが実は選手の間では、早くからその存在が注目されていた。

身長173センチ、体重73キロと小柄ながら、常に300ヤードドライブ。
2001年にプロ入りしてすぐに、「小さいのに、むちゃくちゃ飛ばすやつがいる」と評判になった。
今週のドライビングディスタンスで1位(平均305.75ヤード)を取った小山内護さえ、一目置くほどだった。

その秘訣は、前屈したとき両手がぴったりとつく筋肉の柔らかさと、関節の稼動域の広さ。
あとは「中学校時代にサッカー部で鍛えた瞬発力」と、自己分析。
「いちどスコアが出だしたら止まらないタイプ」。
爆発力にも定評がある。

ゴルフには、「いつ」と記憶のないころから慣れ親しんできた。
母・栄子さんの実家が経営していた練習場が、遊び場。祖父お手製の短いクラブが、お気に入りの遊具だった。

前橋育英高校ゴルフ部を卒業後、本格的にプロの道へ。
研修生時代はからっ風の赤城おろしで有名な地元・群馬県の草津カントリークラブへ、デビュー後は赤城カントリー倶楽部への就職を勧めたのは父・英夫さんだった。
「飛ばないと、話にならん」が口癖。練習をさぼったり、勉強を怠ったりすると、すぐに鉄拳を振り下ろしてきた厳格な父。
「・・・それも昔のハナシ? いえいえ、今でもしょっちゅう殴られます(笑)。ずいぶん、泣かされ鍛えられた」。
この日最後まで落ち着いてプレーできたのも、「そんな父のおかげ」と感謝する。

所属コースには、女子プロの茂木宏美がいる。同い年の茂木は、すでにツアー2勝をあげている。社長からは「早く武藤君の優勝するところも見せてくれ」と、折に触れて激励を受けてきた。
期待に答えるためにも、「今年は、彼女に負けない」と、強く心に決めていた。
日ごろの恩にも、ようやく報いることができた。

デビュー戦が、やはりこの大会、2003年のマンシングウェアオープンKSBカップ。
「・・・あのころはすべてが新鮮で。テレビでしか見たことのない選手がいっぱいいた。ラフも深いし、グリーンも固くて。ツアーで活躍するのは、ほんとうに大変なことなんだと思ったことを、覚えている」。

テイラーメイド社と用具契約を結んだのもその年。
同社主催の米国合宿で、はじめて田中秀道と出会った。そのとき、田中が言ってくれた言葉は今も心に強く残っている。

「これからいろいろ言ってくる人も増えると思う。でも、武藤君はそのまんまでいい。思ったとおりのゴルフをしていれば、絶対に大丈夫だよ!」。

あれからちょうど4年。
当時は半信半疑だったその言葉が、いま現実のものとなった。

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