記事
岩田寛と15年目の3.11
岩田寛(いわた・ひろし)は先月末から2週続けてニュージーランドでプレーし、9日に地元仙台に戻ってきた。

帰国して、すぐ翌日にも福島を震源とする地震で宮城も揺れた。
震度は大きくなかったが、震度がいくつであっても恐怖は変わらない。
「海を見ると、思い出します」。
震災直後に幾度も流れた映像が脳裏から消えない。
15年たっても、15年前の思いが薄れることはない。
15年目のル―ティンも変わらない。
3.11は、地元仙台の海を見下ろす仙台カントリークラブで1日を過ごす。
今年もまた14時46分に練習の手を止め、サイレンの音と共に、海に向かって黙とうを捧げた。
ニュージーランド1週目の「ニュージーランドオープン」は予選敗退。
2週目のJGTO初戦&新規大会「ISPS HANDA Japan-Australasia Championship」では22位で決勝進出を果たしたが、伸ばし切れずに48位で終戦した。

「いいところもあれば悪いところもありました。いろいろと、いっぱいあるのでひとつずつ…」。
日々黙々と課題に取り組むスタンスも、プロ23年目を迎える今年も変わらない。
昨季は57歳(当時)の谷口徹(たにぐち・とおる)が一線から退く決意をし、永久シード選手の片山晋呉(かたやま・しんご、53歳)は6月から2か月入院した影響もあり、昨年は出場2試合にとどまった。
今年45歳は賞金シード選手としては、大学同期の宮里優作(みやざと・ゆうさく)と共に、大学先輩の谷原秀人(たにはら・ひでと、47歳)に次ぐ2番目の最年長となるが、年齢のことをあれこれ言ったり、言われたりするのも好まない。
「ほんとうに、最近いろいろ言われるので…」と、ため息交じりにこぼした。
震災3年目の2014年に、「フジサンケイクラシック」で初優勝を飾ってから7勝を重ねてきたが、昨季は5年ぶりに未勝利を味わった。
通算8勝目にもっとも肉薄したのが5月の「中日クラウンズ」で青木功と、故・ジャンボ尾崎さんが保持する最多の5勝に次ぐ大会3勝目がかかったが、2位に終わった。
記録へのこだわりはないが、ジャンボさんの背中を追えるのは光栄だ。
ジャンボさんと回る日に、ジャンボさんの勝負カラーに合わせて岩田も紫色のウェアを着用して臨んだことがある。
「いい色を着ているじゃないか、と言ってくださって。嬉しかったです」。
ジャンボさんとの初ラウンドが実現したのは2007年の「日本オープン」で、その後11回を重ねて最後のラウンドとなったのも15年前、2011年の「カシオワールドオープン」だった。
若手の先導に立ってチャリティ活動にも率先して尽力したジャンボさん。
「今までほんとうにお疲れ様でした、と伝えたいです」。
今月16日に、都内で行われるジャンボさんの「お別れの会」には岩田ももちろん、駆け付けるつもりだ。












