Tournament article

池田勇太が77代目のチャンピオンに

7打差の圧勝に「まさかこんなに早く勝てると思わず。しかもこんなにスコアを伸ばせるとは自分でも思わなかった」と池田
いよいよ迎えた36ホール目の最後の18番。右のラフから92ヤードの第3打を、ピンの手前2メートルのバーディチャンスにつけたときだった。同組の平塚哲二がニヤリと言った。
「俺が先に打つから、絶対に決めろよ」。

ウィニングパットこそ、最後に打たせてやろうという先輩プロの心意気。もちろん本人も、「絶対に入れてやろうと思っていた」。
たとえ、どんなにぶっちぎって勝ったとしても、締めのパットを外せば盛り下がる。そんな失態は、美学に反する。

ど真ん中から沈め、両手を突き上げ咆哮した。
と、たちまちそこらじゅうを逃げ惑う。

後輩たちの手荒い祝福。
「やめろ、おまえらっ、冷てえじゃねえかっ。これは学生の試合じゃね〜んだぞっ!」。
おびただしい水を浴びせかけられ、たまらずついた悪態も、最後は「次は胴上げだっ!」との誰かのかけ声にかき消された。

プロ3年目の池田が77代目のプロ日本一に輝いた。ツアー初優勝が、5年シードのメジャー戦。奇しくも憧れてやまないあの人と、同じ舞台でつかんだ栄冠だ。

ジャンボ尾崎のプロ初優勝は当時24歳の1971年。やはりこのプロ日本一決定戦だった。しかも、状況も似通っている。その年から日程が変わり、4日間で争うことになったが大会2日目が雨で中止。ジャンボも最終日に1日2ラウンドの長丁場を制している。

「ジャンボさんもこの大会でプロ初優勝したと聞いて、狙っていましたがあのときも36ホールだとは知らなかった。同じように優勝できて光栄です」。

相変わらずの雨風の中、3タックのダボダボパンツがはためいた。濡れそぼつ足下は、クラシカルな白の本革のゴルフシューズだ。池田にとって、全盛期のジャンボの姿こそ「ホンモノのプロ」。
でもこの大きな1勝をきっかけに、ただスタイルを真似るだけではなく実力でゴルフ界を引っ張っていく。

「1勝したからには確実に2勝、3勝できるはず。優勝数を2桁、3桁に伸ばしていけるよう頑張っていきたい」。
通算112勝の後継者として、このほど正式に名乗りをあげた。

強気な優勝スピーチで魅了したら、今度は駆けつけたギャラリーや親友、母校・東北福祉大の恩師や後輩、そして母親を気遣った。

ああ見えて非常に気配りの男はあいにくの雨のため、せっかくの表彰式がクラブハウスで行われたことを残念がった。
大会主催の日本プロゴルフ協会の松井功・会長から優勝杯を受け取って頭を下げた。
「みんなの応援があって、この日がある。みんなの前で、この姿を見せたかったのに非常に申し訳ない!」。

先週のUBS日本ゴルフツアー選手権 宍戸ヒルズは首位でスタートしながら最終日に崩れ、16位に沈んだ。宍戸の18番で、自分のために泣いて悔しがってくれたファンの姿にひそかに心痛めた23歳は、「もう、あんなふうにみんなを悲しませたくない」と、心を奮い立たせた。

同じ轍は二度と踏まない。「先週は、攻めていって失敗したから」。反省を材料に、今週は辛抱強くチャンスを待った。最初の18ホールは前半の9ホールでバーディに恵まれなかったが「ここが耐えどき」と焦らなかった。立山光広に、2打差と詰め寄られたが「まだ2打差ある」と平然と、強い気持ちは揺るがなかった。

確実にフェアウェーを捉え、連日の悪天候に徹底して危険を回避。アンジュレーションのきついグリーンをピンポイントで打っていく。500ヤードを超える4つの長いパー4も学生時代、ベントと高麗の2種の芝を備えた母校の練習グリーンで磨いたアプローチでしのいだ。コースマネジメントも完璧に、いよいよ最後の9ホールで一気に突き放した。

11番、12番の連続バーディで2位と5打差。この時点で勝利を確信。圧倒的な強さで栄冠を勝ち取って、「俺のプレーを見てみんなが楽しんでくれたのならなお嬉しい!」。週をあけずにファンの気持ちに答えてみせた。

  • 後輩や親友、恩師の手で宙を舞う…!
  • 「応援してくれた人たちに、表彰式をお見せ出来なかったのが残念!」と…
  • 歓喜の優勝スピーチは、主催者、コース、ボランティアなどお世話になったみなさんへの感謝の気持ちを忘れず、はきはきと立派にこなした
  • ジャンボがあのとき受けたのと同じカップに自分の名前が刻まれるのだ…!!

関連記事