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つるやオープン 2000

「2000年/プレーヤーたちの挑戦」山本善隆

全盛期の70年代は、流れるように美しいスウィングと長打力に加え、定評のあったショートゲームで勝ち星を重ねた。当時はパワーも勢いもあり、怖いものなど何もなかったという山本善隆も、来年はシニアの年齢を迎える。
いまは、あのころの自分と、同じ世代の選手たちと同じ土俵で戦っている。
「彼らとパワーで張り合おうなんてとうてい無理な話。まず飛距離が違うんだから」と年齢的な衰えは充分、自覚している。
しかし「僕は、彼らにはできないワザを持っている」との自負がある。 強い風と雨に見まわれた開幕2戦目のダイドードリンコ静岡オープン。その2日目は、「フック目のスウィングにパンチ(ショット)を入れて、軽いドローボールで」など、多彩なワザを使って次々ピンを捉え5位タイにつけ、「こういう難しいコンディションなら、ただひたすら飛ばすだけの若い子らと、対等に戦える気がするよ」と、技術への自信をのぞかせたものだ。
 73年に獲得して以来22年間、守ってきた賞金ランクによるシード権を失って5年。山本は、現在「生涯獲得賞金25位内」による資格(99年終了時点で15位= 603,087,418円)でツアー参戦している。
「賞金ランクでのシードはもちろん、欲しい。でも、なんとしてもしがみつく、というつもりでもないんですよ」と言った。
 今年、山本にはこんな構想がある。
「49歳の今年のうちに、アメリカの資格を取り、来年から新しい地でがんばってみたい」
 山本が目指すのは米シニアツアーだ。同ツアーのクォリファイングスクール(予選会)は、その翌年に満50歳を迎えるゴルファーになら誰でも受験資格があり、合格すれば50歳の誕生日から出場資格が与えられる。「今年のうちに資格を取っておきたいね。挑戦は早いほうがいい」と山本。
「青木(功)さんや新井(規矩雄)さんたちも頑張ってる。むこうはシニアとはいえ、ハイレベル。行ったら行っただけ、得られるものは大きいはず。いくつになっても、もっともっと自分を高めたい、腕を磨きたい。戦える場所があるなら、どこへだって行くつもり。だって、向上心はいつまでも失いたくないからね。常に前進あるのみですよ」。 新しい旅立ちのために、徐々に準備もはじめている。
「目指すはアメリカ」と、少年のように夢を語る山本の目は、いまきらきらと輝いている。

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