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日本オープンゴルフ選手権競技 2026
02年アマ王者。藤島豊和が6年ぶりの大舞台で何を思う?
ツアー1勝の藤島豊和(ふじしま・とよかず)が、自身6年ぶりの大舞台で、2アンダーの「68」で回ってきた。

タラオカントリークラブの総距離は7411ヤード。
「めちゃくちゃタフでしたよ!」と、第一声で苦笑がこぼれたが、「今年はツアーには出てないですけど地区競技とかでは調子がよかったので今の自分の調子でどれだけ通用するか。試す機会でもありましたので、まだやれる、と。若手にもまだ負けられないなという気持ちになれた初日でした」。
45歳の笑顔からは手ごたえと充実感もこぼれた。
例年に比べて、今年のラフは浅いともっぱらだが、「逆目では全然打てないラフもある。そこはもう仕方ない」。
それより久しぶりの舞台で度肝を抜くのはグリーンの速さだ。
「上からならたとえ3メートルでも寄せに行かなきゃいけないですし、入ったら儲けもの。バーディパットも入れて行こうという気にもなれないぐらいヤバかった」。
前半8番の上から7メートルのバーディパットも「もう本当にちょんと触っただけ」と、OKパーにも心底安堵し、イーブンパーで入った後半14番では、我ながら驚いた。
「練習ラウンドでは、左の池が気になって、ずっと右の斜面に打っていたんですけど、5番アイアンで最高の球が出て、1メートルくらい」。
想定外のバーディから、15番で7メートルと、16番では3メートルも沈めて3連続バーディで弾みがつくと、最後、左に池が口を開ける距離が長い18番のパー4では、右手前のカラーからOKパー。
「僕はロングヒッターではないので。18番ってちょっとでも左に行っちゃうと池に入っちゃう。ここをパーで上って来られたのは僕の今日一番のキーポイント。また明日、予選通過にむけ準備をして…」と、がぜんやる気も沸き起こる。
姉の妃呂子さんと、弟の晴雄と征次もプロゴルファーで、地元熊本県では有名な藤島一家の長男で生まれた。
東北福祉大時も含めて本大会主催のJGAが統括するアマ選抜のナショナルチームで活動し、2002年にはアマ最高峰の「日本アマ」を制した藤島にとっては今も“ホーム”みたいに過ごせる場所。
「僕の歴史から言ったら大学の時からずっとお世話になり、あの時はどう思う?とか、今もそういうお話をします。一緒に世界アマに遠征してくださった方々もまだおられるので。チームとしてやっているような感覚になれる」。
2005年のプロ転向後も活躍し、2008年の「フジサンケイクラシック」では大学の1年先輩、岩田寛(いわた・ひろし)をプレーオフで制して初優勝を飾ったが、2011年のシード陥落後は、出場機会も失い、レギュラーツアーは昨年5月のミズノオープン以来。
本大会も、予選会から挑戦を続けるが、シード陥落後は一度も予選通過ができておらず、今年は2020年大会以来の挑戦だ。
「僕は、あの2人と立場が違いますけど、やっぱり一緒にやってきた仲間なので。嬉しいじゃないですか」と、会場で称えたのは、今月の「ドラッグストア・コスモスカップ」で通算9勝目を飾った岩田と、先月の「ANAオープン」でプロ14年目の初優勝を飾った同1つ後輩の内藤寛太郎(ないとう・ひろたろう)。
「同じ年代の先輩、後輩が一生懸命やっている。それが僕にとって原動力になります。いい刺激です」。
現地での生祝福こそ価値がある。
45歳の今も、JGTOのQTはもちろん、アジアンツアーの予選会にも挑戦したりトレーニングも欠かさない。
「まだ、フルスイングしたら290ヤードはそれなりに飛びますし、体が小さいですけど、元気なうちは50歳までまだ若手に乗っかってやろうと思っていますので」。
6年ぶりの大舞台を試金石にする。














