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日本ゴルフツアー選手権イーヤマカップ 2002

★ 松島俊秀

 松島に、尊敬する人物は?と質問を向けると、「ビル・ゲイツ」と、即答が返ってきた。
 「だって、あの真っ黒い画面に色をつけて、誰にでも簡単に使えるようにした人ですよ。今では当たり前の発明も、強い想像力と実行力があってこそ。その功績だけでも、尊敬に値すると思いませんか」
 松島は、仲間の間でも有名な“パソコンマニア”だ。
 98年には、マイクロソフトを自在に操れるという“Microsoft Office User Specialist WORD EXCEL”の資格を取得。パソコンの組み立ても手がけるし、自らホームページ(※こちらのアドレスから見られます。http://www.alpha-net.ne.jp/users2/t1847)を開設して、運営もしている。
 「研究心が旺盛なんですね。何に対しても深く知りたいと思うし、根気強く取り組もうとする」
 また、若かりし頃は、プロのジャズドラマーを夢見てライブハウスめぐりをした経験も持つなど、多彩な才能を秘める。

 そんな松島が、競技委員の道に足を踏み入れることになったきっかけは、遡ること18年前、程ヶ谷CCでの研修生時代だ。同クラブのルール研究会で、今は亡き浜口五郎JGA規則委員長(当時)のもとで、ルーリングのなんたるか、を教え込まれた。
 JGTOで競技委員をつとめるようになって、今年で4年目。裁定集を片手に、コースを駆け回る日々だが、今でも松島の中には、この浜口氏の教えが生きているという。
 「“現場”でのルーリングは、どれをとっても机上とは違い複雑な状況を含んでいます。その中で、自分はいかに公正にジャッジできるのか…。迷ったときはいつも、あのころの浜口先生の教えを、自問自答しています」

 フィールドで起きる“ルーリング”は一種、生き物と同じだ。パソコンの組み立てのように、また、ジャズの譜面のように、マニュアルどおりとはいかないが、松島は、「自分が競技委員として関わった大会が大勢のギャラリーで埋まり、最高潮に盛り上がったときの、なんともいえない充実感…。この仕事に携わって、ほんとうに良かったと、実感するときです」と話す。

 将来の夢は、「国際的な試合でも、活躍できる競技委員になること」。
 2000年の全英オープンでは、初めて、メジャー舞台のレフリーをつとめる機会に恵まれた。2万人のギャラリーが埋め尽くしたセント・アンドリュースをトッププレーヤーたちとともに闊歩し、興奮を味わった。「あのときの感動は、忘れらない」と松島。
 再び、あの舞台に立つ日の為に、今は、ひたすら経験を積む毎日だ。