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サヨナラは言わないで。藤田とピーター最後の日

2人の最後の最終日が終わった。最後の最終ホールで最後の握手を交わした。「いつもはあんまりしないんです」。普段は、2人とも淡々とプレー。でもこの時ばかりは自然と互いに右手が伸びた。

西陽が一瞬、サングラスを透かして気がついた。
めったに感情を出さない名キャディが号泣していた。
「でも、僕は一生懸命がまんした」。
涙の変わりに「6年半、ありがとう」。感謝の言葉に心をこめた。

2001年から日本ツアーでキャリアを持ち、2014年から藤田寛之の専属キャディをつとめた。”通算12勝”のピーター・ブルースさんが、この日をもって引退した。

母国豪州でティーチングプロとして、友達のゴルフ場経営を手伝うという。転職の決意に「コロナの影響は、確かにあったかもしれない。今年はいっぱい試合がなくなってしまって…」と、ピーターさん。
「でも、前から奥さんは心配してたの」。今年52歳。「日本のコースは山が多いし、いつまで続けられるのか、って」。
決意は先月、ついに藤田に告げられた。

そして、いよいよ最後のタッグ。
「いつもは、分からないところしか聞かないけれど。今日は共同作業を意識しました」と、藤田。
グリーン上で普段以上に声を掛け合い、ラインを決めた。

思い出作りに心を砕いた。
「18番でホールインワンしないかな、とか。ピーターの記念になるような、もっとビッグなプレゼントが出来たらよかったのに」。最年長Vも献上できないまま、15番の3メートルが、2人の最後のバーディになった。
この日は「68」。通算2アンダーは8位タイで2人静かに最後の18ホールを閉じた。

「人が辞めて、ここまで悲しいって、ないと思う。なんなんでしょうね」。2人の最後の1週間に、改めて藤田が痛感するのは、ピーターさんの誰からも愛される人柄と、人望。

最終週は藤田と、火曜日に中華と金曜日に焼き鳥のささやかな別れの宴を持ったが、この週は出番のないキャディ仲間もわざわざ全国から集まり、かわるがわるに送別会を開いていたという。

「みんなが、寂しいと言うんですよ。ここまで慕われる人はなかなかいない」。
この日、会場では花束と色紙の贈呈も行われ、みんなで改めて別れを惜しんだ。

「優しくて、責任感が強くて」。
やっぱり離れがたい。
「次の僕のキャディさん、見つかるかな?」。
しばらくピーターロスはまぬかれない。

翌月曜日の朝にはもう機上の人だ。
でも、サヨナラは言わない。
「オーストラリアに遊びに行きたいし、日本に来たら、家族みんなで僕のうちに泊まって。友人として、これからも長い付き合いをしたい」(藤田)。
今はまだ、豪州では厳しい隔離もあるし、正月返上の転職は、忙しいかもしれないけれど、コロナが収まったら時々は日本ツアーに遊びにきて。
またね、ピーター。今までありがとう。
そして、長いあいだ本当にお疲れさまでした。

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