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関西オープンゴルフ選手権競技 2026

池田勇太は一時5アンダーまで伸ばしたが…「1日が台無し」上りボギーで2位発進

ここ、茨木カンツリー倶楽部の東コースで、関西ゴルフ連盟(KGU)が主催する日本初のオープン競技が行われたのが1926年。
それこそが、今の「関西オープン」で、公益財団法人日本ゴルフ協会(JGA)が主催する「日本オープン」より、1年早い誕生だった。

それから100年。
節目の年に、大会が原点に戻った。

また55年ぶり、9回目の開催となる東コースは現代の道具や選手の技量に合わせてリセット。

距離は6734ヤードと長くはないが、古き良き里山の原風景を残しつつ、松の木一本の配置にまで張り巡らせたという戦略性は、今のパワーゲームを持ってしても一筋縄ではいかない。

特に、初日は午後から強さを増した風が舞い、首位スコアは、前田光史朗(まえだ・こうしろう)の4アンダーにとどまった。
またアンダーパーは出場150人中23人。

そんな中、条件が難しい午後からコースに出た池田勇太(いけだ・ゆうた)は前半最後の18番から折り返して4番まで、怒涛の5連続バーディで一時は5アンダーの単独トップに躍り出ていた。




「後半はファウェイに打てていないけど。それでもうまいこと流れを作れていたのはよかったかな」。
それだからこそ、余計に上がり3ホールの2ボギーは「自分が腹立たしい」と、ワナワナする。

左のバンカーに入れた7番は、「ライも相当悪かったしまあ、仕方ない」。でも最後9番のボギーは「もっとやりようがあった」と、自分を責めた。
「あのホールはどうやったらフェアウェイに行くのかわからない」と、惑いながら打ったティショットは、一度フェアウェイを捉えても、傾斜で転がりラフに転がり込んだ。
100ヤードもない2打目は今度右のバンカーに入れ寄せきれず、奥から約4メートルのパーパットを逃した。

「途中までは100点、上がって20点。ああいうあがりをしているようでは1日のいいゴルフが台無しです」。
1差の3アンダーは、6人タイの2位に踏みとどまっても苦々しいフィニッシュに、「明日は明日で頑張ります」と、奥歯を噛み締めた。

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