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桑原克典、“先生”になる(2月18日)

2月18日。桑原が24年ぶりに母校の門をくぐった。師勝(しかつ)町立師勝小学校(愛知県西春日井郡師勝町)の吉田文明・校長は、卒業生をあえて“先生”と敬意を込めて呼び、迎え入れてくださった。

「桑原先生!! ようこそお越しくださいました」。

この日、桑原は、母校にスナッグゴルフのコーチングセットを寄贈したあと、在校生を前に講演会を開くことになっていた。



テーマは、『未来へ向かう君たちへのメッセージ』。

「・・・ただ伝え聞いたことだけを私たちの口から教えても、子供の心には絶対に届かない。実際に夢を描き、努力の末にそれを叶え、実現されたプロの生の声を聞くこと。それだけが、子供たちの小さな希望を大きく膨らませることが出来る。忙しい時間を割いて、そんな貴重な時間をくださった“桑原先生”に、心からお礼が言いたくて」(吉田校長)。


生徒を代表して6年2組の栗田祐輔君(=写真中、左)に、赤いリボンがかけられたランチャー(アイアンに似せたクラブ)を手渡したあと、すぐに始まった講演会は、校長先生の想像を上回る中身の濃い内容となった。

桑原自身の手で、A4用紙5枚にびっしりと下書きされた講演用の原稿は、面白くなければあからさまに退屈がる子供たちの興味を引くには、十分すぎるものだった。

夢を描き、成功をイメージして頑張ることの大切さを、桑原は飛行機にたとえて話した。 夢をかなえるまでの努力の過程は、テレビゲームに。 好きなものには、何時間だって夢中になれる。 桑原にとっては今も昔もゴルフがまさにそれで、好きなことを上達させるために割く時間は、本人にとっては“努力”ではない。

好きなことに時を忘れて取り組むうち、いつの間にか桑原の周りにはたくさんの良きライバルたちが出来ていた。 いずれは、そのライバル全員に討ち勝ちたい。 いつも、そんな気持ちに突き動かされながら、ここまで来た。 その道程は常に、心踊る冒険に満ちていた。 だから在校生のみんなも夢中になれるものを見つけ、それに向かって諦めないで取り組む楽しさを感じて欲しい・・・。


そのことを、桑原は懸命に伝えようとしていた。



講演会の締めくくりに桑原が持ち出したのは、自ら編み出したという“他喜力(たきりょく)”という言葉。 これは昨シーズン、シード権の確保に苦しんだ桑原が改めて痛感したことでもあった。 順風満帆の時にはなかなか気が付かない、自分を支えてくれる人たちへの感謝の気持ち。 プロ入り後、初めてと言っても良いドン底を味わっても最後まで諦めないで戦い抜けたのは、そんな人たちを喜ばせたいと、心から願う気持ちだった。

「小学生にはまだちょっと難しいかも、とは思ったけれど。この中の誰かひとりでも今日、僕が言ったことを覚えていてくれて、20年後に『おじちゃんの話を聞いて、僕、ここまで頑張れたんだ』なんて言ってくれる子がいたら・・・。そんな思いで話しました」(桑原)。


桑原にとって“他喜力”のいちばんの源は、なんといっても両親と、妻と3人の子供たち。 「・・・でも、今日またそれが増えました」と、桑原は子供たちに打ち明けた。

「それは今日、僕の話を聞いてくれた皆さんです。4月からまたトーナメントが始まりますが、テレビや新聞のゴルフ欄を見たみんなが喜んでくれるような活躍ができるよう、頑張るつもりです」。

熱心に耳を傾ける無垢な瞳に突き動かされて、思わずこぼれ出たのは自ら持参した“台本”にはなかったセリフ。 子供たちに希望を与えるつもりで行った講演会は、むしろ自分が子供たちにパワーをもらうためだったのだと、桑原は気がついたのだ。