鹿児島県種子島出身。志布志実業高校(現尚志館高校)卒業後に専修大学に進むが1年で中退して研修生に。2001年にプロ転向した。
ツアー参戦1年目の02年は賞金ランク148位ながらドライビングディスタンスは300.45ヤードで1位に。日本人選手で初めて300ヤード超えを果たした。
初優勝の感激を味わったのが09年の『日本オープン』。4打差5位から追いつき、今野康晴、石川遼とのプレーオフを制してのものだった。
13年に9年間守っていた賞金シードから陥落。『日本オープン』優勝で得た5年シード最終年の14年も不振が続いていたが『マイナビABCチャンピオンシップ』で最終日に62を叩き出して5打差の快勝。土壇場で踏みとどまった。
15、16年とシードの座を堅持したが17年は腰を痛めて秋から戦線離脱。18年は全休した。特別保障制度が適用されており、復活を目指す。