中日クラウンズ 2019

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昭和のパパが、令和最初の男に

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  • チーム芹澤そろい踏み。左から師匠と兄弟子、弟弟子の上井と高柳
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今年60回の記念大会で、昭和47年生まれが「令和最初の男になりましたよ!」。
46歳の宮本勝昌が、まれにみる大混戦を制した。
「これまで22回の出場で、トップ10入りはたった1回(2013年9位)」。
苦手なはずのコースで平成最後の賞金王も下した。
今平周吾と並んで迎えた18番。
10メートルもの長いバーディトライは、ラインも傾斜も複雑なスネークライン。

最後は和合で歴8年のハウスキャディにすべてをゆだねた。
難コースを知り尽くした遠竹則子さんが「まっすぐ打てば入ります」。
自信たっぷりに、言ったとおりにボールは最後のひと転がりでカップにポトリと落ちた。

「こんな勝ち方もあるなんて。夢見てるみたい」(宮本)。
号泣する遠竹さんを、夢中でハグ。
昭和のお祭り男が、うっかりガッツポーズをするのも忘れるほど劇的幕切れだった。

首位と1打差から出たこの日は過去11勝の中でも「今までの優勝で一番タフな最終日だったような気がします」。
1番で、2打目がグリーン手前のバンカー目玉。
3オン3パットのダブルボギーで不穏な幕開け。
「あれがなければもっと楽して勝っていた」。
しかし遠竹さんは「プロは試合を面白くしたんです!」。
そんな根っからのプラス思考のキャディさんに救われたり「僕はもう少し、ゆっくり歩きたいのにぐいぐい押されたり。途中はそのポジティブさが苦しい時もあったりしたけど。そのおかげで優勝できた」。

首位が目まぐるしく入れ替わる大接戦も「周吾とプレーオフなら勝てない」。昨年度の若き賞金王に、そのチャンスを与えてはいけない。最後のホールでドラマチックに決着させるとそこには最愛の家族が、信頼のおける仲間が待っていた。

グリーンの奥で、ずらりと並ぶチームの面々。
上井と、高柳と「これだけ全員揃うのは、なかなかない」と、"兄弟子"の藤田寛之。
この週、自身7年ぶりの予選通過を果たした"師匠"は「僕もこの場にいられて嬉しいです」。芹澤信雄に笑顔で出迎えられれば「泣きそうでした」と、喜びもひとしおだ。

賞金シードを無くした昨年。ひどいめまいで立てなくなったのは6月。
細菌の感染で発症する神経の病気と分かった。
連覇がかかった「ダンロップ・スリクソン福島オープン」を欠場。
朋美夫人の支えがなければ歩くこともできなかった。
「いい薬もない。いつ治るかもわからない。後遺症が残る可能性もゼロではない」。不安な日々が、1か月以上も続いた。
症状が癒えても今度は腰痛を再発するなど、体もゴルフも思うがままにならない1年間だった。

予選落ちが目につき、芹澤には「おまえはロングアイアンならピンに寄るのになんでウェッジでつけられない?」。師匠の言葉を頼りにアプローチ練習に明け暮れたこのオフ。
明けて、先々週の国内開幕戦で最終日に使った39インチのパターは藤田からの借り物だ。
それをヒントに中尺パターを左腕に沿わせる「アームロック風」の構えが復活のV12をもたらす魔法の杖となった。
「お互いの苦しい時を、わかっているので。自分も悔しいのにいつも僕の優勝を、自分のことのように喜んでくれる。藤田プロにも感謝しかない」。
デビューの平成7年に"弟子入り″したチームの絆はいつの時代も心の支えだ。

この日もバーディを獲るたびに、いつものハイタッチは家族の絆。
2人の息子には前夜、名物ひつまぶしの夕食時に「明日はひとつ伸ばすよ」と、約束していた。
「最終日は緊張もするし、シビアなプレーになると思っていたので。ひとつでも伸ばしてアンダーパーにできれば良いなという気持ち」。
予測していた通りに出だしから、出入りの激しいゴルフも最後の劇的バーディで、終わってみれば言ったとおりの「69」。
「僕もプロになる~!」と、11歳になる次男・悠生(ゆうき)くんは大喜びだった。
13歳の長男・翔太郎くんは将来の夢を、まだ思案中でも「家で見ているお父さんとは違って、ずっとかっこよく見えました」。
5月5日の子どもの日を制した令和最初の勝者は、昭和のよきパパだった。

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