ANAオープン 2015

大会ロゴ

大会記事

石川遼が輪厚を制す

  • photo1
  • photo2
  • 「佐藤キャディはゴルフ場の中では堅実な方。でも今週の僕のチャレンジ意欲をかき立ててくれました」
  • photo3
  • 約1年ぶりのウィニングパットと優勝スピーチ。「最近、優勝争いの経験がなかったですから余裕がなかった」。言いたいことも一杯ありすぎて、頭が真っ白になっちゃった。
  • photo4
  • ご恩返しの今季初V!
  • photo5
  • 夢に向かって改めて、翼を広げる・・・!!

米ツアーから帰国第1戦のホストプロが、今季初Vで恩返しをした。初日に24歳を迎えたバースデー週に「自分にもプレゼントをあげられた」。特に最終日に強く吹いた。輪厚の風も読み切った。「7回目の挑戦でどれだけ成長してきたか。輪厚は教えてくれる。そんなコースとの戦いにも勝てたと思う」。昨年7月は「長嶋茂雄招待セガサミーカップ」からの北海道2連勝は、1年2ヶ月ぶりのツアー通算12勝目で本来の自分を思い出した。「僕はチャレンジすることが好きなんだ、と。チャレンジすることを愛していきたい、と。それが自分の原点だった」。
初出場の2008年はドライバー一辺倒で、とにかく攻めて攻めて攻めまくった。怖い物知らずの17歳。あれだけ無邪気に輪厚に挑み続けた選手でさえ萎縮してしまうほどに米ツアーのハードルは高かった。今週の飛距離はランク2位でも「向こうに行ったら70位くらいですし」と、生き抜いていくので精一杯。次第に予選通過が目標になり、シード権の確保が先になった。本格参戦を始めた2013年には確かにあった野望も薄れて「スコアに執着するようになっていた」。

たまに日本に帰ってきても、コースの言いなりになっていた自分。丈高く茂った輪厚の森から聞こえてくる声。「ここは刻んでください、狭いですよ、ドライバーはダメですよと、そう言われているようで。自分のゴルフが出来ない。コースにプレーをさせられていた」。練習場ではドライバーで行くんだと決めてもいざコースに出ると、「右はダメ、左もダメ、と。最初からミスすることを前提に、じゃあスプーンで行くしかないよね、と」。同じ刻むんでも、自らの意志で刻むのならまだいいのだ。「コース攻略法には型はない。選手それぞれが持っていて、それぞれに違うのに。いざとなると、なかなか出来るもんじゃないよねと言い訳してた。今まで輪厚で勝てなかった要因です」。

怖さを知れば知るほど年々刻むホールが増えていき、過去6度の出場も12位止まり。「アメリカに行って、小さくなって帰ってきたと、今まで思われていたかと思うとぞっとします」。先週は、ツアー外競技の「ネスレ日本マッチプレー選手権」でルーキーの堀川未来夢(みくむ)に初戦敗退を喫して、ますます募った危機感だ。「彼は、伸び伸びとプレー。自分は守りに入っていた、何の為にゴルフをしているのか」。勝つためにやっていたのではなかったか。

ファウラーやマキロイ。10代のころには、米ツアーの将来を背負ってたつ若手として、名前の頭文字を取って「3R」と並び称された遼も「今はファウラーも、僕なんか眼中にないだろうと思う」。これほどの差がついたのはなぜか。彼らは、コースの言うことなんか聞いたりしない。「もっと自由に、自分の攻め方を貫き通す。ファウラーも、マキロイも、スピースもデイも。上の選手ほど、まるで遊ぶように自分の限界に挑戦している。相当なリスクを背負っても、恐怖心とは別のところでプレーをしている」。考えもつかないような独創的なアイディアで攻めてくる。「失敗を恐れずに挑戦すること。もっと上に行くために必要なこと」。

初日の17日に今大会で今年もまた24歳の誕生日を迎えて改めて、来月からまた始まる米ツアーでの優勝を目標に掲げたならば、「このゴルフなら、ハマればきっとアメリカでも勝てるよねと。日本のファンのみなさんにも思ってもらえるプレーがしたかった」。
今大会は、主催のANAとスポンサー契約を結ぶ大切なホスト試合で、あえて石川は賭けに出た。「今週は20オーバーのビリで予選落ちをしてもいいからドライバーで、自由にチャレンジしてみたい」。佐藤賢和キャディをはじめチーム遼の面々も「いいよ、トライして行こう」と背中を押してくれた。挑戦欲が加速した。すると「コースの景色が変わって見えた」。13番は、415ヤードのパー4で右の林を狙って残り78ヤード。5メートルにつけてこれをキメると14番では7メートルを沈めて連続バーディを奪った。「今年はパー4でバーディをたくさん取れるプレーが出来た。今までとは違う輪厚の攻め方が出来た」と、2位と4打差。

「でも勝負どころで隣のホールまで行ったり、18番でもとんでもないところまで行ったり」と、苦笑いの上がり2ホールは、ひとつ前の優作に2打差まで詰め寄られて、「18番で、優作さんがバーディならプレーオフもある」と覚悟しながら、なお石川は攻め続けた。ティショットが左隣の12番まで行ってしまった17番のティショット。大ピンチを自覚しながら打ったパーパット。「タッチを出して打てた」とひるまずにしのげた。
18番では右の林に打ち込み木に阻まれても「チャレンジ出来た」。175ヤードの2打目で5番アイアンを握り、左奥のギャラリースタンドを睨んだ。「そこにいた方は、怖かったと思います」とハラハラさせた。猛然と向かってきたボールがキュキュっとゆくえを変えた。強烈なスライスで手前エッジに。米仕込みの技でドッと湧かせた。この日最後に18番グリーンに上がってきた石川に降り注ぐ、輪厚恒例のスタンディングオベーション。「今年、初めて出させて頂いた日本ツアーで自分のプレーがギャラリーのみなさんにどう映ったか」。鳴り止まぬ拍手と喝采がその答えだ。

デビュー当時の7年前も、そしてこの日も。底抜けにアグレッシブなゴルフと、ひとくくりに言ってしまえばプレースタイルは同じでも、「失敗をして、経験を積み重ねて来た今は、あの頃よりも強くなってる。あのころの自分と今の自分は同じ人間だけど、別人です。7年経てば人間の体は細胞も、すべて入れ替ってあの時の自分にはもう戻れない」。これからも前だけを見て歩き続ける。今季は土壇場で辛うじてシード権を確保して、揉まれて、苦しんで、のたうつ中で、石川はまた一皮むけた。「これかはらシード権ではなくて、アメリカで優勝するためには何をすべきかを考えたい。もっとゴルフを大きくしたい」。24歳の誕生日を迎えた輪厚でそのための燃料も満タンに詰め込んだ。「たくさんの方に見に来て頂いて、応援して頂いて、力になった。このエネルギーをアメリカに持って帰って優勝したい」。でっかい夢に向かって心新たにテイクオフだ。

» 前のページに戻る

関連記事

広告