日本ゴルフツアー選手権 Shishido Hills 2013

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小平智は父に捧げる初優勝

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  • 親子3人で至福の1日
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  • 息子は勝ってゲラゲラ笑っているのに父も、母(左端)も大号泣だった

早く勝ちたかったのは、自分のためだけではなかった。「オヤジに早く見せたかったので」。ウィニングパットを沈めた18番のグリーンサイドにその姿を見つけて、嬉しそうに手を振った。手招きして呼び寄せた。親子3人、がっちりと抱き合った。

息子の快挙に泣き崩れたご両親は、18歳の年の差婚。父親の健一さんは、今年73歳を迎えて「もう歳なので。オヤジもいつ死ぬか、分からないので」。照れ隠しに冗談めかして言った孝行息子だ。

父に捧げる初Vだった。そして、感謝のツアー初V。「だって、オヤジでなければ自分はゴルフを続けていない」。元レッスンプロの健一さんに、練習場に連れて行かれたのは10歳のとき。当時、野球少年は、実は「ゴルフが嫌で嫌で」。練習にも身が入らず、中学になってもちっとも上達しない。「それでもゴルフでオヤジに怒られたことは、一度もない」という。

「今どきの親は、スコアが悪いと子どもを殴る人もいるでしょう? そんなオヤジなら、僕は速攻やめていた」。
かといって、甘やかすでもなく。とりたてて褒めるわけでもなく、ただ黙って見ていて悩んだときや、迷ったときに助言をくれる。昔から、そんな父だったから続けてこられた。

本気でゴルフに取り組むようになったのは、中学3年のときだ。そのとき、野球にはすでに見切りをつけていた。「団体競技は自分がどんなに良いプレーをしても、人のミスで負けることもある」。その逆もまたしかりでそれより個人プレーのゴルフは「自分のミスで、負けても仕方ないと思える」。回りが進路を真剣に考え始めたころとも重なって、「僕は頭が悪すぎたので」。勉強では、自分はまともに進学出来ないと考えた小平は、「そうだ、僕はゴルフをしよう」。そして「どうせやるなら、プロゴルファーになる!!」。目標を定めて真剣に練習を始めたら、その分だけ成果が上がることにも味をしめ、みるみる上達していった。
「ゴルフの友達も増えて、楽しくなった」。
薗田俊輔と出会ったのもそのころ。ゴルフを通じて、生涯の親友に出会えたのも、この父あればこそだった。

せっかく進んだ日大も、2年で中退してプロ入りを決意。そのときですら健一さんは特になんにも言わなかった。代わりに自宅にトレーニングルームを作り、マシンもひと通り揃えて支えてくれた。「オヤジがいなかったら、いま僕はここにはいない」。
また、都内で営むゴルフショップの合間を見て応援に駆けつけるたびに、スコアを崩す息子に「お母さんは来ないで」と、釘を刺されていたけど「やっぱりあの子の優勝を見たかった」。リスク(?)を覚悟で駆けつけた裕子さんはその瞬間、泣き崩れて大変だった。
表彰式でもお父さんの腕にすがるようにどうにか立っていた、けなげな母。優勝スピーチで、2人に向かって改めて呼びかけた息子。
「お父さん、お母さん、優勝したよ……!!」。
慈愛に満ちた息子の優しい声には、胸一杯の感謝の気持ちであふれていた。



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