日本ゴルフツアー選手権 Shishido Hills 2013

大会ロゴ

大会記事

今季のツアープレーヤーNO.1は小平智【インタビュー動画】

  • photo1
  • photo2
  • ゴルフの道へと誘ってくれたお父さんの健一さん。真っ先に駆け寄って、親子の抱擁
  • photo3
  • 水シャワーの手荒い祝福のあとは、大勢の手で宙を舞った!
  • photo4
  • 最終日最終組は、2年前の最終日の再現。賞金王の藤田との同組ラウンドに成長する姿を見せることが出来た
  • photo5
  • プレゼンターの青木功から受け取った、世界ゴルフ選手権「ブリヂストンインビテーショナル」の出場権。激励を受けて「この優勝を機会に経験を増やしていきます!」

遅れてきた23歳が、この上ない称号を手に入れた。初優勝はおろか、まだ初シードもなかった選手が、今季のツアープレーヤーNO.1の座についた。歓喜の瞬間は「頭が真っ白」。でも涙は出なかった。むしろ「最後はシビれすぎて笑っちゃって」。1打差で迎えた18番は5メートルのバーディチャンスも「入れてやろう」とかっこよく、ウィニングパットで締めるつもりが「あまりにもショートしすぎて笑えてきた」と本人はゲラゲラと、大笑いで大号泣の両親を抱きしめた。

小平をよく知る人なら誰もが言う。「思いやりがあって優しい子」。祝福の胴上げに駆けつけた大勢の友人が、何よりその人柄を物語る。いつもニコニコと人懐こい笑顔が反面、一見頼りなさそうにも見えるが「でも実は1本芯が通っている子でもある」。大混戦の最終日は、めまぐるしくリーダーボードが入れ替わる中で、小平も幾度も試練を迎えた。

最初の6ホールで4つのバーディも、直後の7番でダブルボギーに「イライラしたり、不安になったり」。極度の緊張の中で、揺れ動く思いも徹底したポーカーフェイスは「人前で弱さを見せるのは絶対に嫌だから」。今年から、パー5になった10番でイーグルでも「ここは自分の中ではパー4なので」と、派手なガッツポーズもない。プレー中は淡々と、出来るだけ喜怒哀楽をひた隠しにして歩くのは、相手に心を悟らせないためでもある。

自身3度目の最終日最終組は、前回の日本プロでの経験を生かして「今日は自分のプレーに徹することが出来た」。この日は9000人を超える大観衆も、小平の初優勝を願う歓声はひときわ多くて、アマチュア時代の所属コースの鷹ゴルフ倶楽部の方々が、サプライズで用意してくださった「GO! 小平」と描かれた手作りのプラカードも、「あれはちょっと恥ずかしかった」と内心は照れながらも「僕はギャラリーが多い中でやるほど燃えるので」と、むしろ力に。

激しい競り合いも、難しいホールが集中する終盤には、ゲームの形勢が見えつつあった。ジリジリと上位が脱落していく中で、ついに韓国のS・K・ホとタイのアフィバーンラトと三つ巴の様相も、決着をつけたのは因縁の17番だった。
池越えのパー4は、難易度1位のホールで池につかまりダブルボギーを打ったのは、大会初日。最終日もまた左の深いラフに打ち込んだが「勝つつもりだったので。刻む気はなかった」と果敢に、「初日と同じような状況から今日は凄く良いショットが打てた」と、宍戸にリベンジ。
9番アイアンを握った165ヤードの2打目はピン奥10メートルに乗せた。さらに「上から凄いフック」は2年前に、これまたほとんど同じ状況からみすみす3パットを打ったのは、このときも藤田寛之と最終日に同組で回った2011年大会。
当時は、みごとに打ちのめされたコースにも打ち克ち、成長した姿をベテランの賞金王にも見せられた。ぴったりと、距離を合わせて堅実なパーセーブで首位を守ると、1打差で逃げ切った。

ツアーに吹き荒れる20代旋風にも、ようやく胸を張って加われる。昨年の今大会を制した藤本佳則も、中学からの仲良しで、同い年の薗田俊輔も、デビューから5戦目の初優勝はJGTO発足後としては、当時の最速タイ記録だった。仲間の快挙に「あいつらに出来て、自分に出来ないことはない」と励みにしながら、しかし自分はデビューから3年たってもシード権さえ取れずに苦しんだ。

2010年のチャレンジトーナメントで、史上初のアマ制覇という華々しい戦績も、その年のQTはファーストステージから地道に勝ち上がっていくしかなく、さらに11年と再三の挑戦も、いずれも翌年のシード権には及ばず、12年のファイナルQTランク24位の資格で迎えた今季はまさに、3度目の正直だった。

「もう絶対にQTには戻りたくない」。そう誓った今季、開幕に備えて炭水化物を抜くダイエットで、80キロの体重を7キロ減。体作りにも余念がなく、毎日5キロのランニングも欠かさなかった。周囲も認める精度の高いショットは飛距離もぐんと伸びて、飛んで曲がらないことを示す部門別ランキングの「トータルドライビング」は先週まで1位。
苦手を自認するパッティングも練習場で、ついドライバーを握りたくなるのをぐっと堪える。飽きがこないよう工夫を凝らしたゲーム感覚のパット練習で、弱点克服にも力を入れた。

地道な努力がいま実った。「遼くんや英樹は年下なのに、僕よりもずっと経験豊富で。まだまだ及ばないけど、これでちょっとは追いつけたかな」。母親の裕子さんにもよく話すのは、「QT出身の自分が活躍すれば、いまツアーを目指している同年代の子たちも、きっと頑張ろうと思ってくれる」。本人も認めるように、石川遼や松山英樹のような華やかさはないかもしれない。しかし「地味なんだけど、コツコツと上を目指して頑張っていく」。そんな姿勢に勇気をもらう子たちだって、きっと大勢いるはずだ。

まだ初シードすら持たなかった選手が手にしたツアープレーヤーNO.1の称号は、優勝賞金3000万円のほかにも5年シードに、8月のWGC「ブリヂストン招待」の出場権と、豪華な特典がついてくる。プレゼンターとして、その目録を手渡した青木功に「会場のファイアストーンは、とても長いコースだから。うちのめさるかもしれない」と言われて小平も神妙にうなずく。「でもそれも経験。若い人には必ず、さらに大きくなるきっかけの一つになる」と、肩を叩かれ武者震い。
米ツアーの出場が夢だった。それをひとつ形にして目が輝く。「自分がどこまで通用するか分からない。でもとにかく当たって砕けろの精神で、力一杯頑張ってきます」。青木のエールに精一杯答えた。

» 前のページに戻る

関連記事

広告