ゴルフ日本シリーズJTカップ 2012

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藤田寛之が完全優勝の3連覇を達成、2012年の賞金王に

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  • 「ゴルフではタブーとされているウェイトトレーニングも取り入れている。僕は実はアグレッシブな選手です!」。鍛えあげた強肩で、ウィニングボールを投げ込む
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  • 今年もこのツアー最終戦の出場権は逃したが、兄弟子の祝福に横断幕を持って駆けつけてくれた宮本勝昌(左端)は「僕が泣きそうでした」と。
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  • 「僕が今年の最強ゴルファーで良いでしょうか」との問いかけに、ひとつ上のライバル谷口も拍手を送ってくれた!!
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  • 仲間の手で歓喜の胴上げ!!
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  • これが宮本が、所属事務所のみなさんと一緒に18番グリーンに掲げてくれた横断幕。手が込んでる!!

誰に異論があるものか。初日から、首位を走り続けた完全Vは、大会史上初の3連覇で、自身初の賞金王だ。この日ばかりは、いつも謙虚な男が声を張る。
「今年は私が最強のゴルファーということで、良いでしょうか?」。
大会恒例の全員出席の表彰式。ほかの25選手に、万感の拍手を贈られ満足そうに頷く。
「満場一致でよろしいですね?」ともう一度、念を押した。
今年のこのツアー最終戦の大会キャッチコピーは「王者たちよ、王者を決めよ」。
まさに、文字通りの結末に「今年は、私が王者の中の王者です」。誇らしげに胸を張った。

「3連覇と、賞金王と、世界ランク50位内。今週は3つとも持って帰る」と言ったとおりに、初日に早くも3打差の独走態勢を築くと、隙のないゴルフで危なげなく逃げ切った。

最終日も6打差からのスタートにも「自分が守りに入って自滅するパターンもある」と慎重に、それでも6番で4メートルのスライスラインを沈めて連続バーディを奪い、9番で右から大きなフックラインがカップに沈むと珍しく、ガッツポーズも飛び出した。
「これが入ったらデカイなあ、と思っていたので。そのあとは、自分でもびっくりするくらいに落ち着いてやれました」。

かねてより抱いていた賞金王のイメージは「凄いな、強いな、追いつけない」。藤田が、もっとも実現してみたかった勝ちパターンでもある。「それが、今回出来ていたとしたらそれが一番嬉しい」。称号にふさわしい勝ち方で、初の王座につけたのも嬉しかった。

11月のダンロップフェニックス。3日目は、世界ランク2位のルーク・ドナルドと回って「凄く息苦しかった」と、今週になって打ち明けた。「同じゴルフスタイルなのに。自分よりも確実に精度が高い」。いつもは己と、コースとの戦いに徹してきた男が、「他の選手をそんなふうに思ったのは初めてだった」。

その3週後に、我こそがそんな印象を、他の選手に与えた。前日3日目に、同組で回った石川遼は、「藤田さんは、ルークみたい」と言った。「曲がらない選手の鏡と思う」と。

最終組で、昨年、一昨年のリベンジをにらんだ賞金ランク2位の谷口徹も「今日も隙がなかった。今日もどんなに良いゴルフをしても、藤田くんには追いつけなかったと思う」と言った。
「あそこまでゴルフに熱心な選手はいない」とも。

プロ入りから20年。積み重ねてきた努力がちゃんと実っているか。「進化している部分はどこかと聞かれても、自分でこれと答えるのは難しい。だけど、遼や他の選手がルークと同じ空気感を今週の僕に感じてくれていたとしたら、それは進化として受け入れられる」。

師匠の芹澤信雄は「藤田は当面の目標を作り、そのために何が必要かを組み立てていくのがうまい選手」と言った。今年は、5月のダイヤモンドカップで今季2勝目を挙げたときから、思い切ってフェードボールを捨てた。

昨年に続く、自身2度目のマスターズを見据えてのことだ。
「いったん、そうしないと来年に間に合わない。今からやらないと、あそこで通用しないと思ったから」という大胆さ。
「みなさん、僕を守りのゴルフとか言うけれど、実は想像以上にアグレッシブ。メジャーに行って、刺激を受けて、飛距離アップに取り組み、球筋まで変える。必要だと思うから変えている」。
普通の選手なら、それでかえって不振に陥ってもおかしくない大英断も「芋づる式に、全部につながっていくと確信しているから僕はやるわけで、それで結果が出なかったらおかしいでしょう」と、頑として言った。

見た目はソフトだが、昭和44年生まれは「実は、古き良き時代の男」である。
「軟弱なそこらへんの若者とは違うんです。あと、みなさんはよく僕のことをマイナス思考だとか、言いますけどね」。
どこまでいっても妥協することなく、自分自身への不満や愚痴を並べるのは、「確実な本物を見つけるための作業をしているのであって、最近の若者の安易なプラス思考はそれは違うよ、と言ってあげたい」。

偉業達成にもこの期に及んで、「自分は賞金王の器ではない」と言うのもやっぱりマイナス思考や謙遜ではなくて、若い選手たちへの憤りだ。デビュー当時に師匠にも言われたことだが、「自分のゴルファー像は、毎年賞金ランキングの20位くらいをどうにかキープしているような選手」。

確かに、たゆまぬ努力でここまでのぼり詰めたが、「本来ならば、自分のような選手が賞金王になるようなツアーじゃダメだと思うんです」。1973年のツアー制度施行後でいうなら、40歳を超えてから、初めて賞金王になった選手は史上初。続く2位にはやはり、40代の谷口徹。「そんなスポーツは他にない。どうして僕らを超えていく若手がいなかったのか。ダメですね、日本の若者は」と口調は穏やかでも、喜びに満ちあふれているはずの記者会見で、43歳の賞金王は怒っていた。

※1973年のツアー制度施行後の同一大会での3連勝は、98年の住友VISA太平洋マスターズのリー・ウェストウッド以来、史上8人目(11回目)。日本人選手なら、98年のKBCオーガスタの尾崎将司以来の快挙でした。なお、尾崎には計4度の3連覇の記録があります。

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