UBS日本ゴルフツアー選手権 宍戸ヒルズ 2009

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大会記事

五十嵐雄二へ、石川遼からお祝いのメッセージ

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  • 大会主催の日本ゴルフツアー機構・会長の小泉直より、新緑のチャンピオンブレザーを着せかけられて…
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  • 仲間や家族の胴上げで宙を舞う…!!
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  • 大会特別協賛の森ビル株式会社の森稔・代表取締役社長より、豪華な副賞を受け取って…
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大会初日に4位でスタートした五十嵐はホールアウト後の練習場で、石川遼の姿を見付けた。背後からそっと近づき、誰に言うともなくつぶやいた。

「遼くんのドライバーショットを久しぶりに見たよ。やっぱりすげえや」。

しかしそれ以上、話しかけたり近寄っていくことはせず、そっと打席を離れて自分の練習に没頭した。

当時、小学校を卒業したばかりの石川と、何度か一緒に回ったことがあった。
五十嵐の兄・修さんが園長先生をつとめる幼稚園に、石川の弟の航(わたる)くんが通っていた縁で、知り合った。

「あのころから遼くんは、1打の集中力が凄かった」と振り返る。
バックティからアンダーパーで回ってきた石川に「こないだまで小学校に行ってたんだろ?!」と、目を剥いたことを、五十嵐は今でも覚えている。

「そのうち、凄い選手になると思っていた」。

しかし思った以上の速さで、あっという間にスター街道をのし上がり、軽々と五十嵐の頭上を飛び越えていった。そんな石川に、いまさら先輩面して親しげに振る舞うことに、五十嵐はちゅうちょがあった。
「そういうのって、なんか嫌らしいじゃないですか」と、初日にも五十嵐は言ったものだ。

幼少期から知っている17歳の大活躍は、「一ファン」として心から喜びこそすれ、「自分自身の刺激にはならない」という。
「いやいや、だってそうでしょう。僕にはまだシード権もなくて。遼くんを励みにするとか、そういう段階ですらない。遼くんは遼くん、僕は僕で頑張るだけです」。

そんなふうに謙遜したものだがその3日後に40歳にして、メジャー大会がツアー初優勝という快挙。
毎日5キロのランニングを欠かさず、このオフは息子たちと興じた野球のティバッティングにゴルフのヒントを見いだし、練習メニューに加え、17年毎年変わらぬラウンド中心の調整で2年ぶりの本格参戦に備えた。

この週のフェアウェーキープ率4位、パーキープ率1位。ドライバー、アイアンとも抜群の安定感に加え、平均パットで1位。
「けっこう、嫌らしいのが入っていてくれたから。今週は、その積み重ねだったのかな」。

まさに地道に積み重ねてきた努力をようやく開花させた五十嵐は、石川遼にプロの厳しさを教えた選手でもあった。

石川は、当時を振り返ってこう言っている。
「音が違った。アイアンの差を感じた。プロって凄いと思った。あんなに上手いプロでも、トーナメントで勝てないんだと思った」。
確かに、これまで優勝はおろかシード権もなかったが、「僕がプロゴルファーに憧れるきっかけが五十嵐さんでした」と、石川は語っている。

そのとき、3番、5番と7番ウッドをバッグに入れていた石川に、「長いアイアンを使いこなせるようにならないと」と、アドバイスを送ったのも五十嵐だった。その存在が、石川の成長の一助となったのは間違いない。

恩人に石川は「今日もテレビで五十嵐さんのプレーを見て感動しました」と、お祝いのメッセージを寄せている。

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