ゴルフ日本シリーズJTカップ 2009

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丸山茂樹を支えたチーム・マル

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  • キャデイの杉澤さんをはじめ…
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  • 大勢の人に支えられてスランプを乗り越えた
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  • 日本では10年ぶりに手にした優勝カップ
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  • 「ショーン(奨王くんの相性)見てる? お父さんやったよ!!」

家族に、親友に支えられて勝ち取った10勝目だ。スランプに陥ったこの5年間。「みんなには、愚痴を聞かせてばかりだったから」。それをいつも一番そばで受け止めたのが、専属キャディの杉澤伸章さんだ。

この日最終日は2アンダーで迎えた9番で、ティショットを右に曲げた。
「崖下に落ちたかな?」と丸山。
普通のキャディなら、選手が動揺しないようにという気持ちも働き、「分からない」と曖昧に応えただろう。

コンビを組んで8年になる杉澤さんは、あえて「落ちましたね」と応えた。
「そうしたら、もし残っていたときに、嬉しいでしょう?」と、逆サプライズ効果を狙った。果たして、思ったより良いライに残っていた第2打を、グリーン手前まで運んで15ヤードをチップイン。

また、プレーオフは膠着したゲームに3ホール目からピン位置が切り替えられた。手前から奧に変わったカップに対して、丸山は7番ウッドから5番ウッドに持ち替えたが、対する金は、ひたすら5番で距離を打ち分けていた。

「1本でコントロールしている。うめえな、キョンテは」。そうつぶやいた丸山に杉澤さんは「いや、向こうはもっと、丸山さんにそう思ってます」。すかさず返して力づけた。

そんな杉澤さんのご両親が「原点に返ってみれば」と、今年9月に託してくれたのが、4年前に丸山が愛用していた350CCのドライバーだった。
伝家の宝刀で、きっかけを掴んだ。
決定打は、父の護さんだった。
11月のレクサス選手権で、「どうせ気持ち良く振れないんだったら、パンチショットの要領で振ってみろよ」と勧めたら、これが効果てきめん。

ゴルフを始めたときからスイングを見てきた“師匠”の目に狂いはなかった。
「子供のときに、覚えた習いを思い出すしかないと思ったんです。長く苦しんできたとは思うが、これでようやく忘れ物を探し当てたんじゃないかな。いちど谷底に落とされたが光は見えてきた」と、護さんも息子の復活に目を細めた。

“チーム・マル”の名アシストでどん底から這い上がった“チームリーダー”は、「これでようやくみんなにきっちりと、ありがとうと言える」(丸山)。

そして一番の名監督は、9歳になる長男・奨王くんだ。
今もアメリカで暮らす奨王くんが、3ヶ月ぶりの帰国をしたのは2週前。滞在期間は1週間と短く、父親も連戦の慌ただしいスケジュールの中で、「良い時間を過ごせた。息子にパワーをもらった」。

いまや日本語以上に英語を操り、学校でもゴルフ部に所属する奨王くんは、「僕は、まあ米ツアーからかな」と、可愛らしい生意気も言うようになった。
「そんな甘くはねえよ!」と頭をこづきながらも息子の成長が、何よりの原動力だ。

奨王くんは、今でも日本ツアーは前回優勝の99年のブリヂストンオープンの優勝VTRをすり切れるほど見ている。
「早く新しい映像を見せてあげたかった。早くこの優勝を伝えたい」と優勝インタビューも、最後はそわそわと切り上げた。

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