ABC チャンピオンシップ  2007

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フランキー・ミノザが6年ぶりのツアー7勝目

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  • 敗れたドンファン(右)について「彼はすばらしい選手。これからまだまだ、チャンスがある」とねぎらった
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47歳のベテランが弱冠20歳の若者を、最後に捕らえて組み伏せた。本戦の18番で2オン成功。1メートルのバーディチャンスを決めて追いつくと、プレーオフは再び18番パー5。
第2打は、揃って右バンカーからのレイアップ。
残り112ヤードのフェアウェーから、先にミノザがピンそば1メートルにつけた。
対するドンファンは、ほぼ同じ距離の第3打を池に打ち込みダブルボギーだ。

バーディのウィニングパットを悠然と沈めると、憎らしいほどのポーカーフェイスがたちまち崩れた。
真っ白い歯がこぼれ出た。
「最高に良い気分。まるで若返った気持ちです!」。

パットのイップスを患ってもう10年。それを補って余りある、ショットとアプローチが武器だった。しかし、それも5年前に背中を痛めてままならなくなった。
体力の限界を感じたのは、日本ツアーのシード権を失った2004年。
本気で「引退」を考えたのもこのころ。

妻・マリルーさんにその気持ちを打ち明けた。
「いいわよ。じゃあ試しに2週間、何もしないで家にいたらいい」。
言われるままクラブも握らず14日間。
ゴルフ場4つ分もあるという広大な農場の経営もマリルーさんにまかせっきりで続けた「食っちゃ寝」の生活。
その中で、ムクムクと沸いてきたものは「やっぱり、僕にはゴルフしかない」という思いだった。

いざ、ゴルフを辞めたら何をしたらいいのかも分からなかった。
「したいことも、何もなかった」。
妻が教えてくれた。「自分から、ゴルフを取ったら何も残らない。まさにNothing to doだと」。
まずは、ゴルフがあって自分がある。そう気づいた瞬間に「とにかく体を鍛えなおそうという覚悟が出来たのも、妻のおかげ」と、振り返る。

心新たにトレーニングに励み、ファイナルQTランク1位の資格で日本ツアーに復帰した昨シーズン。
賞金ランク53位に返り咲き、14度目の賞金シードは外国人選手としては最多の獲得回数を更新した。
その勢いで、今年2月に母国のナショナルオープン「フィリピンオープン」で優勝した。
「年内にぜひもう1勝」という目標もできて、ますます自信は深まった。

「まさか、本当にこの歳で実現できるとは思ってなかったんだけど」と、口では照れながら圧巻の逆転Vには、プロ24年目の自負が漂う。

昨年、日本に舞い戻ったとき、たまたま同じ組で回った伊澤利光が感嘆の声をあげたものだ。
「ミノザは一体どうしちゃったの、飛距離がものすごく伸びてない?!」。
得意のアプローチにも磨きがかかり、そこに試練を乗り越えてきた者だけが持つ円熟味が加わった、と評した選手もいた。
6年ぶりのツアー通算7勝目を「復活」と表現するのはふさわしくない。
45歳を過ぎて鍛えなおした肉体はもはや以前の彼ではなく、まさに生まれ変わって帰ってきたのだ。


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