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宮本勝昌「目標は、40歳までにマスターズに出場すること」

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  • 藤田、島中さんら(右から)仲間の手で宙を舞ったあと、表彰式へ・・・
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  • これからも二人三脚で最高のパフォーマンスを!!

藤田だけではない。宮本は、友人に恵まれている。その1人が同期で、専属キャディの島中大輔さんだ。初めての出会いは高2の日本ジュニアだった。すでに宮本はトップジュニアとして名を馳せていており、島中さんは「僕は足元にも及ばなかった」と振り返るが、学校も別なのになぜか非常に気が合った。

プロ入りを断念した島中さんが、宮本のバッグを担ぐようになったのは98年。
その年の日本シリーズでツアー2勝目に貢献し、翌年に本格参戦した米ツアー時代を支えたが、慣れない海外生活で関係がギクシャクして帰国後にコンビ解消。

そのあと、サラリーマン勤めをしていた島中さんに「会社をやめてもう一度、冒険の旅に出てくれないか」と、再び無理を申し出たのは昨年の冬だった。
遠ざかったままの6つ目の勝ち星を引き寄せるには、「どうしても彼の力が必要だった」と、宮本は言う。

それ以外のことではそうでもないのに、ことゴルフに関しては「マイナス志向」。
そんな自分を上手に導いてくれるのは、「強烈なプラス思考の彼しかいない、と」。
果たして、その狙いは当った。
この日最終日。
スタート前に「緊張で手が震えてる」と訴える宮本に、島中さんはあっけらかんと言ったのだ。
「そりゃ当たり前っしょ。緊張して当然っしょ」。
そして、好アシストはそんな言葉だけではなかった。
80センチのウィニングパットを打つ直前だった。
後ろで一緒にラインを読んでいた島中さんは何も言わず、ただ2回、背中をポンポン・・・と叩いてくれた。
「もうそれだけで、こみ上げてくるものがありました」と、宮本はしみじみと話した。

そんな固い絆で結ばれた2人が離れることは、きっともう二度とないだろう。
この優勝で賞金ランクは谷口、片山に続いて3位(※)に躍り出た宮本は「40歳までにマスターズに出場するのが目標です」と言ったが初めてかの地に降り立つとき、そのかたわらにはきっと、大親友の姿もあるはずだ。

※記載の賞金ランキングは海外メジャーとWGCの獲得賞金を含んだものです。




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