ゴルフ日本シリーズJTカップ 2001

大会記事

「彼がいなければ、勝てなかった」

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宮本勝昌、2001年最後のヒーローインタビューは、“2人”で

 18番は、ピン奥からのものすごい下り傾斜の、バーディパット。「あれだけタッチがあわせられるのは、僕かジャンボさんくらいでしょう」と豪語して、満員の観衆を笑わせた宮本だったが、実はこの週、弱音の吐きどおしだった。
 ショットが思い通りにいかず、
 「今週はだめだよ」
 「今年は、もう終わり」
 「俺が勝てるわけない」
 プレー中も、後ろ向きな言葉ばかりを連発したが、そんな宮本の尻を叩いて勝利へと導いたのは、この週、バッグを担いだ大親友の島中大輔さんだった。
 宮本は、2001年シーズンを締めくくるヒーローインタビューに島中さんを伴って、感謝の気持ちをてらいなく述べた。
 「ゴルフの状態が悪くて、弱気になってしまう僕を後ろから押して、気持ちを高ぶらせてくれたんです。彼には、本当にありがとうと言いたい」



 98年大会も、このタッグでジャンボ尾崎を下して勝った。翌年、その勢いに乗って、2人して米ツアーの荒波へと漕ぎ出したが、慣れない環境と、厳しいフィールドで、思うように力が発揮できず。いつしか宮本は、家族もほかに親友もいない2人きりの転戦に、やり場のない苛立ちを島中さんにぶつけるようになっていった。
 「このままでは、2人ともだめになってしまう・・・」そう判断した宮本は、とうとう、シーズン途中に、島中さんとのコンビ解消。お互いに気まずい気持ちを残したまま、島中さんは、ひとり帰国したのだった。


 もっとも、「とめちゃん(宮本)のことなら、なんでもわかる」(島中さん)と言い切れるのは、アメリカで、そんな苦い思いを分け合ったからこそ。


 あれから3年の時を経て、今度は、喜びを分け合った2人。
 優勝インタビューで島中さんは、「本当は、ものすごく力がある選手なのに、自分を低く評価しすぎなところがある」と、ぴしゃりと叱り、「これからはもっと自信を持って頑張ってもらいたい」と言って差し出された手を、宮本は、力強く握り返した。

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