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オリンピアンの声を聞く/ 池田勇太のリオデジャネイロ

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  • 4年前の出発時。全米プロ→五輪への旅路を横断幕で送り出してくれたANAの皆さん。嬉しかったです!!(本人提供)
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  • チームに振る舞われた池田手製のおにぎり。「確か、晋呉さんの好きな具は、ゆかり…でしたよね?!」(16年時、本人提供)
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  • 東京でもがんばれ!ニッポン!(16年リオ五輪にて)

2016年大会で、112年ぶりにゴルフ競技が正式種目に復活した。日本の男子ゴルフにおいて、初代表をつとめた片山晋呉と池田勇太。東京五輪は21年に延期となったが、当初の開催週に合わせてオリンピアンの声を聞く【後編】


ベテランの片山晋呉と遠征した4年前のリオ五輪。
池田勇太には、当地に思い残したものがいくつかある。

「ひとつは入場行進に参加できなかったこと。本当なら晋呉さんと、一緒に歩いてから翌週の本戦へ、というのがいちばん良かった」。

開会式の前週に「全米プロ」に出場した池田は、33位で4日間を戦い終えるとその足で現地に直行。

期間中は、コンドミニアムでの自炊生活で、外出と言っても、「実は料理好き」という池田が、チームに振る舞う昼食用のおにぎりや、夜食に揚げる天ぷらなど、具材の買出しのためにちょこっと近所に出かけた程度。

競技終了後は次の国内ツアーが控えていたし、閉会式にも参加できなかった。
五輪らしい雰囲気を、ほとんど味わえないまま帰国した。

競技方式が、個人戦のストロークプレーであったことも、五輪らしさに欠けていたように池田は思う。
「国を代表して戦うという特別感が、ゲーム方式に反映されていなかったことも、選手たちのモチベーションに影響したのはあったと思います」。
特にウィークデーの初日、2日はほとんど観客もなく、「広大な土地に広がるリンクスコースは視界がひらけて見える分、そこにポツンと僕ら選手だけがいる、という感じで孤独感すらあった」という。

その反動も手伝い、大勢のギャラリーが集まった週末は「やっと代表のイメージが沸いた」と、大いに発奮。26位タイから出た最終日は大声援を背に受け、巻き返しを決意。5番でイーグルを奪うなど、猛攻を見せた。

「途中までは、非常によいプレーができたと思う」。
それだけに、後半の失速も無念。
21位タイでの終戦こそ、リオに残してきた最大の悔恨だ。

「非常に、やりきれない思いを抱えて帰ってきたわけなのですが」。
消沈の到着ゲートで、池田は思いがけない光景を目にする。

自動扉が開いた瞬間、横断幕を掲げて待っていてくれた、大勢の人たち。
「驚きました。不甲斐ない結果で帰った自分にも『お帰りなさい』『お疲れ様』と、たくさんの声をかけてもらって、本当に嬉しかったことを、覚えています」。

出発前から「メダル以外はビリと一緒」と、強い意志で臨んだ。
当年は、他メジャーとの日程調整の難しさのほかに、当地で流行していた感染症(ジカ熱)への懸念から、他国でも代表辞退の選手が相次いだ。

だが池田は「五輪とメジャーは別物。出られる環境にあるならば、何があっても挑戦するというのがプロゴルファーの使命」と、並々ならぬ覚悟で遠征。

特に、ゴルフが112年ぶりに競技種目に復活した記念大会であった。
「未知の世界に最初に飛び込む資格をもらえた。そういう大事な年に、出て、見て、感じて、それを東京に向けて、伝えないとという思いがあった。『出ない』という選択肢は私にはありませんでした」。

残念ながら、悲願のメダルには恵まれなかった。
悔しさだけを持ち帰っても、そんな自分を温かく迎えてくれる人たちがいてくれた。
空港での大勢の出迎えは、「遠くまで遠征した価値があったと思えた瞬間でした」と、いま改めて振り返っても胸が熱くなる。

同時に、4年後のリベンジを強く決意。
「悔しかった思いを、次は東京でぶつけたい」と、2大会連続の代表入りを狙ったが、現在の池田の世界ランキングは、上位2人の選考基準にあって、日本人8番手の219位(7月27日時点)。
「前回、出たからこそまた出たい気持ちがありましたが今回は、さすがに叶いそうもありませんね」。
悔しいがいったん、おあずけだ。

感染症の恐ろしさを身をもって経験したのは今年3月。
アジアンツアー出場のため、遠征したマレーシアで、蚊が媒介するといわれるデング熱を発症。38度から40度の高熱が10日間も続いて苦悶した。

新型コロナウィルスの影響で、1年延期される東京五輪も「来年、開催できるとなれば、万全を期して準備していただきたいと思うし、権利を獲得した選手には、その自覚をしっかり持って頑張って欲しいと思っています」。
無事の開催と共に、日本ゴルフの初メダルに期待を寄せる。

ツアー通算21勝。初のオリンピアンを経験した16年末には、賞金王にも輝いた。日の丸エンブレムの代表ユニフォームは、他20数着のVジャケットとともに、専用クローゼットに並ぶが「やっぱり、あれは特別な一着ですね」。
4年前のほろ苦い記憶と共に、オリンピアンの誇りは何度クリーニングに出しても洗い落とされない。


2016年のリオデジャネイロ五輪
史上112年ぶりに、ゴルフが競技種目に復活し、リオ市の環境保護区に新設されたオリンピックゴルフコースで男子は8月11日から4日間の日程で開催。72ホールのストロークプレーで、英国のジャスティン・ローズが通算16アンダーを記録して、金メダルを獲得した。2打差の銀にはスウェーデンのヘンリク・ステンソン、3差の銅は米のマット・クーチャーだった。
日本の池田勇太と片山晋呉は、それぞれ21位と54位の成績を収めた。
8月17日から行われた女子ゴルフは、野村敏京さんと大山志保さんが出場し、野村さんが日本勢最高の4位につけた。

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