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復帰初戦を無事完走。石川遼が東北3県へ

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令和最初の日本タイトル戦を、復帰初戦に選んだ選手会長が4日間を無事完走。
先週の「日本ゴルフツアー選手権 森ビルカップ Shishido Hills(6月6~9日、茨城県・宍戸ヒルズカントリークラブ)」の最終日を31位タイから出た石川は、4バーディ2ボギーの「70」。
最後まで痛みも見せずに通算1アンダーの20位タイとして、周囲を安心させたばかりか、今まで苦手としてきたコースで課題の1Wに手応えさえ掴んで「次の試合が楽しみ」。
次戦を予定している「ダンロップ・スリクソン福島オープン(6月27~30日、福島県・グランディ那須白河ゴルフクラブ)」に向けても、明るい材料を残した。

令和最初の男子ゴルフ「中日クラウンズ」で初日に腰痛を再発させて、翌2日目のスタート前に棄権。そのまま1カ月の離脱を余儀なくされた。
約1週間の安静ののちにトレーニングを再開して、復帰の道筋を懸命に探った。
負荷中心の筋トレは順調に進んでも、選手として、また2期目の選手会長としても現場にいられない日々は「もどかしさしかなかった」という。

ようやく戻れた舞台は、JGTO主催の20回大会。
昨年、史上最年少で重責を背負ってからは、JGTOとの対話も密に、様々なファンサービスを打ち出し改革に奔走してきた。
それだけに留守明けの1戦目では、JGTOが様々な周年イベントを企画し、会場のあちこちで、ファンの笑顔が見られたことにも石川は安堵したようだ。

その中でも特に、17番ホールで実施された史上初の試みには目を細めた。
プレー中にもコース内でのギャラリーのみなさんの、写真や動画撮影を初解禁したパー4。
ここは481ヤードと距離も長い上、グリーン手前に池が口を開け、セカンド地点からも、またグリーン上からも選手のプレーに差し支えるシャッター音が聞こえるリスクが低いということから実現したが、実際にふたをあけてみても「僕は(シャッター音は)聞こえなかったし、歩行中に撮られるのも全然気にならなかったです」と、感想をのべた。

「JGTOが率先して考えてくれた。ファンのみなさんも、2重3重に重なって撮影してくれて、他の選手もファンの呼びかけに自然に応えてくれたり、僕も手を振ったりすることはできた」と、成果を感じることもできた。

「初めての試みで、今後の課題は出てくるとは思うが、今の時代に沿う改善としては、やはり‟インスタ映え”。思い出に持ち帰ってもらうのもいいですが、より効果的に拡散してもらうのも大事なこと。たとえば次は、エリアの向こうの池に大会のロゴを浮かべてそれを一緒に映しこんでもらえるようにしたらどうか。写真と一緒に『選手権に来ました』とか『宍戸の名物ホールです』などと、みなさんに書き込んでもらえれば、より楽しく伝わるのではないか」。

そんな構想を描く様子は青い顔で、試合途中にコースを去らなければならなかった1カ月前とは比べものならぬほど明るかった。
「時代に置いて行かれないように。男子ゴルフの特色をどう作っていくか。まずはできることから始めていくことが大事」と、復帰初戦で決意を新たにした選手会長。

今週末には選手会を代表して震災復興支援の福祉車両を届けに岩手、宮城、福島の東北3県を一泊二日で回る。
会長職でも完全復帰をアピールする。

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